梅雨が明けて、平成最後の夏。

梅雨が明けた。
あまり梅雨の実感を抱くことなく
過ぎ去った雨の季節は
なんだか徒労ばかりが
目立つことばかりだった。
そうして平成最後の夏がやってきて
高校野球も切り良く100回大会。
「最後の夏」と言えば自然と
高校生活のことが脳裏に浮かぶのは
良くも悪くも教育の賜物なんだろう。
最後の夏に賭ける想いなんてのは
あの頃の僕にはあまりなくて
むしろ二年半もの間、繋がれていた鎖が
外れた感覚のほうが印象強い。
おおよそ十年前のことを
思い出してしまったのは
バッティングセンターで
左の手のひらに血豆を作ったからだろうか。
それとも店にあったトーナメント表を
見てしまったからだろうか……。
11年前の僕は、一端の高校球児だった。
そして最後の瞬間をベンチの中で
防具を身に付けて、眺めていた。
もう、その学校は存在しないけれど。

あの頃の僕も色々な人間関係の狭間で
なんだか勝手にもがいていた気がする。
今の僕なら、もう少しうまく立ち回れると
思うけれども、結局は同じような場所で
頭を抱えているから、何とも言えないけれど。
最後の夏の印象は、本当に乏しくて
2回戦が曇天で、3回戦が晴天で
どの試合も防具を身に付けて
ベンチから戦況を見つめていた。
あの時ほど野球が嫌いになった時期はない。
高校野球を舞台にした物語や
高校野球を特集した番組に出てくる
爽やかで、鮮やかで、眩しい青春を
経験したことがないのは後悔の一つで
今更、学校選びを間違えたと思い知る。
しかし、華やかな世界の裏には
必ず影があることを知っているから
情報操作なんだろうな、と思う冷静さは
一応、持ち合わせているわけで。
そしてあの頃も、僕は小説と共にいた。
東野圭吾を読み漁っていた時期であり
貴志祐介の「青の炎」を何度も読んで
ロードバイクが欲しいと思った時期でもある。
そういえば、僕の本当の処女作(未完)は
あの頃に綴ったものだった。
朝ドラ「半分、青い」の北川悦吏子さんが
描いていた「たったひとつの恋」を
少しオマージュした処女作は
ドラマばっか見ていた僕の偏見と憧れが
詰まったものであったと思う。
見たくはないが、忘れることはないだろう。
あと交換小説と言う形で二人の友人と
物語を描いていた思い出は、多分、黒歴史。
一人の友人が綴った衝撃的な展開は
今まで出会ってきた物語でもトップクラス。
「ハチの巣になった」という秀逸な文章は
もはや全てのことを放棄した放火魔みたいで
修正を図ることで消防隊の苦労を知った気がした。
でもこの頃から、小説家になりたいと思っていた。
ガラケーの小さな画面にテンキーで
拙い文章を書いているときの快感は
今の比にならないくらい強く印象付いていて
だから辞められないのだろうな、とか思う。
今年も夏がやってきた。
色々なドラマがあちこちで取り上げられて
食傷気味になる時期に、僕はどんなドラマの
主人公になるのだろうか。

文責 朝比奈ケイスケ

「キミに会えたら」【ショート・ショート4】

6月28日。
僕にとって忘れられない日。
確か去年のこの日は雨が降っていて
僕はびしょ濡れになりながら
涙を流して、睨むように
曇天の空を見上げていたな。
「で、この部屋なんですが……」
スーツ姿で話す男の表情は
何かを切り出すのを躊躇うように
曇り始めている。
ポッコリと出た腹回りは
振られた相手のことを悪く言う奴に似て
かなり見苦しかった。
引っ越しを決めてから数日。
僕はネットで調べた不動産屋に
連絡を入れ、一日を内見に費やした。
この部屋で内見の最後。
幾つかの候補から部屋を選ばないと
いけないのだが、心は決まっていた。
「もしかして事故物件ですか?」
スーツ姿の男は静かに頷いた。
山手線の駅から徒歩10分圏内で
広めの部屋でトイレ風呂別の3階。
この内容で家賃が5万円前半。
コンビニも近いし、飲食店も多い。
家賃の相場から言えば破格の安さ。
「……はい。立地条件等はかなり良いのですが
いかんせんこの情報を聞くと皆さま避けられる
物件でして……」
そりゃ、そうだろう。と思う。
好き好んで事故物件に住もうと奴は
大抵、頭のネジか何かが緩んでいる。
不動産屋の苦い表情には
早く立ち去りたいという気持ちと
どうせ選ばないのだから
さっきまで見た部屋で決めてほしいという
感情が見事に浮かび上がっている。
「自殺ですか? それとも事件ですか?」
僕はかなり落ち着いた口調で尋ねる。
「去年の夏、この部屋に住んでいた女性が
寝室で事件に巻き込まれたそうです。
私は違う場所で働いていたので
詳しく知らないのですがね……」
「そうですか。こんないい部屋なのに
もったいないですね」
「部屋としては素晴らしくて
本来は家賃も高いのですがね……」
客のくせに面倒な部屋を
案内するように言いやがってと
今にも文句を言わんとするばかりの
口調に少しイラついたが、我慢した。
僕は笑顔を崩すことなく、部屋を見渡す。
そして将棋の勝負の局面で
棋士が見せるような神妙な表情を作った。
しばしの沈黙。
電車が走り抜ける音が部屋に聞こえる。
そして僕は口を開いた。
「ここにします」
驚いた表情を見せたのも束の間
厄介な物件が売れたことを喜ぶように
男の顔は緩んでいくと思えば
真面目な表情で僕に訊いた。
「本当にここでいいのですか?」
「はい。ここにします。昔、この辺りに
友人が住んでいて、地理にも明るいので。
正直なことを言えば、金銭的にも
安い方がありがたいので」
そして僕は事故物件に住むことになった。
契約はスムーズに進んでいき
引っ越しの日は6月28日に決まった。
因果もんだな、と住んでいた部屋で
苦笑いを浮かべた。
翌日、引っ越し業者がやってきて
部屋の物を事故物件に配送してくれた。
夕方前には、引っ越しの工程を
全て終えることができたのは
単に僕の荷物が少なかったからだろうか。
やることがなくなった僕は
財布を持って、外に出た。
眩しいほどの青空が広がっていて
思わず空を見つめてしまった。
僕は何度か行った商店街に行き
揚げ物が有名な肉屋で唐揚げを買い
スーパーで2種類のビールを買って
部屋に戻った。夕日が差し込み
白い壁にオレンジ色が着色されている。
まるで何かを祝うように美しかった。
不動産屋が言っていた事故現場の横に座り
買ってきたビールのプルトップを開ける。
寝室から見える都内のビル街は綺麗だった。
「なぁ、これは同棲ってことになるのかな?」
僕は呟き、ビールをあおった。
窓に掛けたカーテンが不自然に揺れる。
まるで僕の質問に答えるようだった。
「お前の好きなビールもあるぞ」
そう言って、もう一本のビールの
プルトップを開けて、床に置いた。
キミの大好きだったメーカーのビールだ。
「前に言ってた唐揚げも買ってきた。
お前には悪いけど、一人で食うからな。
怒るなよ。お前、飯のことになると怖いから
一応言っておくけど今日くらい許してくれよ」
僕は狂ったように独り言を繰り返した。
ベッドの横に置いた本棚の上には
写真立てがあり、そこにはデートの時に
撮った二人の笑顔が写っている。
「ごめんな。今までお前を見つけられなくて。
でもちゃんと見つけたから許してくれよ」
風呂場のシャワー音が聞こえた。
許されているのか、怒っているのか。
僕には分からなかったけれど
確かにこの場所にお前がいることを知れて
泣きそうなほど、嬉しかった。
「これからもよろしくな」
僕の声は、誰もいないはずの部屋に響く。
そして鼻をすするような音が聞こえた気がした。

文責 朝比奈ケイスケ

今年も半分が過ぎ去っていくので。

水無月も終盤戦。
ワールドカップで期待されていなかった
日本代表の快進撃に沸く列島は
今日もサッカーで一色だ。
あと数日もすれば文月に入る。
それは今年も後半戦に突入することを
意味している、驚くべき事実だ。
年々、時間の経過が早くなるのは
恐らく、年齢のせいだろう。
あぁ、無限に感じた夏休みが懐かしい。

夏休みといえば一か月勉強を怠るな、と
学校側から提示される宿題を思い出す。
決して優等生ではなかった僕は
それらのものに手を付けなかった。
特に明確な理由はなかったけれど
多分、宿題に取り組む時間よりも
大事なことがあったのだと思う。
もうその大事なものがなんであったかなんて
覚えていないし、単純に面倒だっただけだと
判断していたのかもしれない。
今思えば、宿題はやるべきだったと思う。
ただ、今提示されても恐らくやらないだろう。
人間の根本というのはそうは変えられない。
その宿題の中で、一番嫌いだったのは
読書感想文だった。
何故、本を読んで感想を書かなくてはいけないのか。
小学生の頃の僕は、確かにそう思っていた。
目の前にはゲームやイベントに溢れているのに
わざわざつまらない本を長い時間掛けて読んで
抱いた感想を綴らなければいけないのかという
問いの答えは、正直見つかっていないけれど
それだけ本を読むという習慣は僕にはなかった。
それが今では本を読むことが一つの趣味になり
家の大半を書籍が埋め尽くしているし
小説を書いてみたり、ブログを書いていたりと
文章に魅力を感じているから、驚きだ。
人生の面白いところは、多分、そういうところ。

本を読むことは
自分のためにだけあると思うし
誰かに薦められた小説なんて
ちゃんと読んだ記憶はあんまりないけれど
(僕より本を読む奴が少なかったのもあるが)
誰かがきっかけで手に取る機会があるとして
それが誰かの人生を変えるきっかけになれば、と
考えてみたら、少し面白そうだったので
2018年度上半期に読んだ小説を挙げていこうと思う。
今年に限って言えば、かなりバランスが悪いので
そこは承知していただけると助かる。

2018年度上半期、読了作品一覧。

「活版印刷 三日月堂 庭のアルバム」
著 ほしのさなえ
今年の初めに読んだのはこの作品。
ほしのさなえさんのシリーズもの
「活版印刷三日月堂」の三作品目。
ざっくりと説明すると
パソコンなどを利用した印刷が主流になる前
印刷は活版印刷で行われていた。
活版印刷は判子をイメージをすると
割と分かりやすいのではないだろうか。
要は紙に写す前に、一文字だけ刻まれた塊を並べて
文章や名前を作り、それにインクをつけて
紙に写すという途方もない作業。
労力が掛かる大仕事である。
今の時代には合わない
コストパフォーマンスの悪い。
読んでいると、そんな印象を抱く。
そんな活版印刷を主人公の祖父は
生業にしていたわけだが
この世を去ってしまった。
工場には活版印刷に必要な機材が
ほぼ残っていて、とある理由で
主人公はそれらの眠りから醒まし
小さな依頼を受けていく。
そんなシリーズものだ。
この作品の魅力は、活版印刷という
未開拓な分野に触れていることもあるが
なにより「人」である。
登場人物、依頼の理由が魅力的。
更には過去に依頼した客が
ふとした形で次の客を呼んでくるのだけど
それは古くからある日本らしい
人との繋がりを示しているようで心が温まる。
SNSでの繋がりとは異なる
顔を合わせて、言葉を交わす繋がりは
懐かしくて、今の僕には刺激的。
この作品では、遂に最後のピースが
ハマるきっかけになるエピソードも含まれた
4話で構成されている。
ちなみに、このシリーズに触れたのは
近所の本屋でタイトルに惹かれたのが理由だ。

「透明カメレオン」
著 道尾秀介
大好きな作家のひとり
道尾秀介さんの文庫の最新作。
素敵な声を持つが冴えない容姿の主人公。
声を生かしたラジオパーソナリティ。
絶大な人気を誇る彼の容姿を知るものは数少ない。
仕事終わりに通うバーで出会った一人の女性の為に
ある嘘をつくのだが、それがバレてしまう。
彼女には人には話せない目的があり
その目的の為に主人公をはじめ
バーの個性的な常連客も
様々なミッションを科せられて
半ば危険な橋を渡りながら右往左往する中で、
彼女の隠していることを知ってしまう。
彼女もまた彼の秘密を知ってしまう。
恋愛要素ってよりも道尾さんが
以前情熱大陸で語っていた「救い」を
テーマにして作品を書いていると
言っていたことを思い出す秀作。
ミステリ作家である道尾さんが
散りばめる伏線を回収していく
圧倒的な構成は秀逸。
道尾作品で見かける大がかりで
どこか非日常的なラスト前と
そして痛みが伝わり涙腺が緩む
ラストは必見である。
この一冊は各メディアでも取り上げられていて
道尾作品の中では有名な作品であるが
個人的には「道尾秀介」という作家が
大好きなので手に取ったこと。
あとは、ラジオという媒体に
染まっていたことも大きな理由。
この作品は、ぜひ手に取って読んで頂きたい。

「ヒトラーの試写室」
著 松岡圭祐
「千里眼」シリーズが有名な
松岡圭祐さんの作品。
「戦下の日独映画界に隠された衝撃と感動」
という大それた文言が躍る帯に相応しい作品。
舞台は、1937年の日本とドイツ。
主人公は映画俳優を目指して京都太秦へと向かい
見事に撃沈するわけだが、その面接の終わり
運命的な出会いを果たすことから物語が進んでいく。
撮影技術研究所というセットを作る裏方で
働くことになった主人公と
映画を使って国家統制を目論む軍人など
幾つもの登場人物の目線で並行進行していく作風。
大工の息子であった主人公は映画の裏方の一員として
特殊撮影技術(特撮)の腕を磨いていく。
映画撮影は低予算で行わないといけないという
極めて厳しい環境の中で主人公は
神がった発想で主人公のみならず
多くの裏方を魅了していく円谷に出会う。
そして彼の豊富な知識、卓越した技、
常人では思いつかないであろう発想を吸収していく。
そして大きな成功を収めた主人公たちは
国家より陳腐な内容を彩るための
難解な特撮を求められていく。
ある作品の評価が同盟国であったドイツに届く。
この頃のドイツはヒトラーが支配している。
ヒトラーといえば国民を魅了した演説や
ちょび髭、ナチスなどが有名だろう。
物語の中では映画が生み出す力を
信じている節が見られるのは意外だった。
ドイツ(いやナチスか)の上層部が
映画を使い、情報を操作し、強いドイツを
示そうとする中で、日本の特撮に白羽の矢が立つ。
そしてドイツへと主人公は旅立つことになる。
動き出す、運命。
ドイツでも無理難題を突き付けられながらも
円谷から得た知識・技術を用いて表現し
裏方たちと映画を通して友情を築いていく。
のちにナチスの名誉党員になる主人公だが……。
国家が腹に隠す思惑、戦争への計算と
主人公をはじめとする特撮の人々が
抱く特撮への純粋な想い。
そして起きる事件。
読み終わって映画の考え方が
大きく変わっていったし
戦争の悲惨さを取り上げられるあまり
あまり取り上げられない外国の現実を
知ることができたのは印象深い。
何より史実に基づいていることで
より説得力は増していく。
あの頃の映画の存在の大きさ
日本とドイツとの文化の差は勉強になる。
今まで見てきた戦争作品とは異なる今作は
特攻隊、学徒動員、赤紙、などの
いかにも日本らしい戦争の影にはない
斬新なもので、かなり刺激的だった。
この作品を手に取ったのは
近年、松岡圭祐さんが史実を基にした
物語を幾つも出していて
その一冊「黄砂の籠城」を読んだことで
この人の作品は面白いと知っていたから。
ただ、人気シリーズ「千里眼」については
今になっても手を出せていない。

「ラプラスの魔女」
著 東野圭吾
言わずと知れた東野圭吾の作品。
物理や工学などを用いた
トリックが多い印象があるのだが
今作は地学や生物なども絡んでくる。
まさに理科の分野総動員。
完全文系の私には理解できないことばかり。
どこかの記事か何かで新しい東野圭吾作品と
読んだ記憶があるが、まさにそんな感じ。
加賀恭一郎シリーズや虚ろな十字架などの
人間の闇を取り扱う部分も要所要所で出てくるが
人間のエゴの愚かさは、悲しくなってしまう。
映画化にもなっているので読むのがつらい方は
映画を観ても面白いのではないかと思う。
手に取った理由は、ただ一つ。
東野圭吾だから。

「羊と鋼の森」
著 宮下奈都
こちらも今年、映画になった話題作。
たまたま教室に残っていたという理由で
学校の案内役になった主人公は
体育館のピアノを調律する調律師と出会う。
彼との出会いが主人公の人生を変えて
考えてもいなかった調律の道に進んでいく。
話のメインは、調律師として働くことになった
楽器店でのスタッフやお客さんたちの出会いだ。
個性豊かな人たちの中で調律について考え悩む
主人公の姿は、夢と理想の間にある壁の存在を
改めて突き付けられる。まさに青春小説だ。
本屋大賞にもなったこの作品は
音楽を聴いているかのような
心地よいリズムを刻んで進んでいく。
そのリズムに引き込まれるように捲る頁。
内容以外の部分にも感動できたし
文章のリズムがもたらす効果を
知ることのできた名作。
普段読書をしない人でも
読みやすい作品であると思う。
手に取った理由は、本屋大賞受賞作。
ブランチで取り上げられたものと
本屋大賞には、恐らくハズレはない。

「明るい夜に出かけて」
著 佐藤多佳子
「一瞬の風」や「黄色い目の魚」くらいしか
読んだことはなかったけれど
「ラジオ」と「小説」で検索して
ヒットしたのが、この作品。
コンビニでアルバイトをする主人公は
大学を休学している元はがき職人。
あるトラブルで大学での居場所を失った彼。
そんな彼の生きがいはラジオだった。
週に何度か夜勤のバイトして
深夜ラジオを録音しては聴く。
そんな日々の中で訪れた転機もまた
ラジオが絡んでくる。
服のセンスが圧倒的に皆無で
非行少女を彷彿とさせる
コンビニの常連客。
彼女と仲良くなる
きっかけはノベルティグッズ。
彼女は、主人公が愛してやまない
アルコ&ピースのラジオの
(実際のラジオ番組も実名で出てくる)
ヘビーリスナーであり
投稿をよく読まれる現役のはがき職人。
ラジオネームと容姿のギャップが
激しいのだが、これは読んで知ってほしい。
同じくコンビニバイトのエースは
ニコ生で知名度を持つ歌い手。
主人公、ヒロイン、ニコ生の歌い手と
そして主人公の事件を知る友人が共に
それぞれの武器を使い、ネットの世界で
不特性多数の人と繋がっていく。
また現実でもそれぞれが抱える
葛藤と闘いながら、生きている姿は
青春小説に相応しくて眩しい。
読み終えると
清々しい気分になるし
ラジオがより好きになるし
前を向こうと思えるようになる。
こういう青春もアリだなとか
思っちゃうのは青春小説を
得意とする佐藤多佳子さんの業だろう。
今作では佐藤多佳子さんのラジオが
本当に好きなんだなと感じるし
アルピーはじめ芸人のラジオ番組に
敬意を払っていることがよくわかる。
かなり個人的ではあるけれど
この作品にまつわる面白い話があって。
読み終えた二週間後ぐらいに
菅田将暉のANNを聞いていたら
スペシャルウィークの企画で
「明るい夜に出かけて」の
ラジオドラマをやるという。
なんか知らないけどワクワクしたよね。
YouTubeで検索すればヒットするはずなので是非。

紹介すると大変なことになるので
残りは、作品と作家だけ挙げておきます。
森博嗣さん関してはM&Sシリーズを
全て読み終えたら改めて書こうと思います。

「すべてがFになる」
著 森博嗣

「冷たい密室と博士たち」
著 森博嗣

「笑わない数学者」
著 森博嗣

「ジェネラル・ルージュの凱旋」
著 海堂尊

「詩的私的ジャック」
著 森博嗣

「思考を育てる100の講義」
著 森博嗣

「再度封印」
著 森博嗣

「幻惑と死と使途」
著 森博嗣

見て分かる通り
現在、森博嗣ばかり読んでいます。

文責 朝比奈ケイスケ

「遅く起きたら」【ショート・ショート3】

誰もいない部屋には飲んだ記憶のない
ビールの空き缶が何本も転がっている。
仕事を終えてから一人で飲んだ結果
作業着姿のままに眠ってしまったようだ。
窓から遠慮なく入り込む隙間風が
湿った空気を絶えず部屋に取り込んでいる。
重たい瞼をこすりながら
壁に掛けている時計を見つめる。
時刻は、十二時を過ぎていた。
まだ、アルコールは抜けておらず
頭はぼんやりとしている。
明け方まで働いても夕方まで
寝られるような都合のよい
体内時計ではないからこそ
規則正しく寝不足に陥る。
酔いと眠気を覚ますために
気合で身体を起こし
台所まで向かい、蛇口をひねる。
勢いよく水が柱を作り
シンクにぶつかり、拡散している。
一、二、と呟きながら
頭を柱へと侵入させた。
冷たさが全身に刺激を与え
腕には鳥肌が立っているのを感じた。
数秒の間だけでも滝行しているような
感覚で少しずつ覚醒していく意識。
冷蔵庫にぶら下げたタオルで
頭を拭きながら起きた場所に戻り
パソコンの電源を入れ起動させる。
タバコに火を付けて
息を吐き出す頃には
見慣れたディスプレイが現れ
二つのアイコンが表示される。
迷わず右側の観覧車の
写真をクリックし、パスワードを打ち込む。
一番のお気に入りの写真が出迎え
散りばめられたアイコンが目に入る。
インターネットのeをもじった
アイコンをクリックして
何もつながりのない日々に抗うように
回線を通じた世界へと繋げていく。
今日は、久し振りに連絡を寄越した
友人と飲みに行くことになっている。
シンプルな検索バーに指定された店を
打ち込み、検索する。
決められたプログラムは
瞬時に店のHPを一番上に据えて表示させる。
地図を頭に入れて、タバコを吸った。
ラッキーストライクの毒々しい味が
嫌悪感に変換されていく。
いつもこの時だけは
タバコを止めようと思うけれども
決して実現することはなかった。
誰かと飲む機会なんて
久し振りだったから
なんだかワクワクしていた。
それに気が付けば
疎遠になってしまった友人たちと
席を囲んで、話せることは
孤独の味に慣れてつつあった
現実に差し込む一筋の光に思えた。

文責 朝比奈ケイスケ

「僕の居場所」【ショート・ショート2】

背中が熱い。
噴出する汗が着ていた
ワイシャツを濡らし、背中に張り付く。
普段なら気持ち悪さを伴う感覚なのに
今日は少しだけ印象が違う。
体育館の壇上で演奏する
バンドを照らす光は明るく
暗闇になっている壇上の下に
設けられた客席からは
眩しく華やかな場所へと
変換されているはずだ。
去年も一昨年もボクは
体育館の窓に備え付けられた
分厚いカーテンが閉められ
外から差し込むはずの光を
遮断している暗闇から壇上を
見つめていたから分かる。
ボタンの掛け違いがなければ
恐らく今年も同じ場所で斜に構えて
全力で毒づいたと思うと
不思議な感覚が全身を駆け抜ける。
ただスポットライトに当たることを
意識して避け続けたことが影響しているのか
眩しい光は新しい種類の暴力にも思えてしまう。
そういう価値観を抱く程度には歪んでいる。
新種の暴力に対して苛立ちに
似た感情を抱きながら
ベースの弦を左の中指から小指までを使い
必要なコードを押させ
右人差し指、中指、薬指で
絶えず弾き続ける変換させ続ける。
夏の訪れを拒むかのように
雨が降り続く水無月の半ば。
毎年開催されている二日間の
文化祭も今日で最終日。
未だに夏前に文化祭を実施する
センスの無さには戸惑うが
三年も経験していると
自然と飲み込めてしまう。
クラス単位で模様される催し物も
終わりに向けて落ち着き始める夕暮れ時。
代々メイン企画として昇華されている
体育館の壇上を使ったイベントには
多くの生徒が訪れている。
演劇、ダンス、そしてバンドと
様々な娯楽、正確に言えば
多くの人間を巻き込んだ
壮大な自慰行為、自己顕示を
思う存分に示すことが
命題とされる空間が
若さと勢いによって
着色されている鮮やかで青い時間。
恐らく学園を舞台にした
フィクションの世界であれば
盛り上がりが最高潮になり
枝分かれしていく想いが交錯する
転機の場面へと突入していく
大きなきっかけになる
映像にでなるのだろうか。
今だって日常が表情を変えている。
学校には見えない階層、ヒエラルキーは
確かに存在しているけれど
こういう時は境界線が曖昧になる。
でも冷静に考えてしまう。
この場所に立つことができる生徒は
少なからず階層の上位にいることを。
それは普遍的な価値観と
言っても過言ではないだろうし
何より下位の人間には
壇上に上がる権利すら存在していない。
文化祭のステージ企画の大トリは
その最たるものだった。
必然的に参加メンバーで
一番華のあるグループが任される。
今だってボクを除く三人がいるからこそ
過剰な盛り上がりが起きている。
客席で騒ぐ観衆の視線は
壇上の中心で髪を茶色に染め
ギターを弾くボーカルの隼人に向いている。
まるでアイドルを見るような目で
隼人を見つめている女子生徒が目に入った。
多くの女子生徒の目当ては
ボーカルとギターを務める隼人か
ギターを弾く和樹だろう。
そして多くの男子生徒の目当ては
隼人や和樹を見に来た
校内外の女子生徒に向いている。
利害が一致している空間に対して
どこか需要と供給が
成立しているなと漠然と思った。
ボクと同じ場所で生きる連中から
今のボクを見る目を通せば
校内で一、二を争うレベルで
この場所は縁遠いだろうと
言葉にしないでも思っているだろう。
正直なことを吐露すれば
この場所に立つことなど
全くもって望んでもいなかったし
学校の興味すらなかった。
隼人が声を掛けてくれなければ
この場所にはいることもなかった。
今もは主役を際立たせる脇役として
高校という狭く窮屈な共通世界が
一時的に崩れる非日常の渦中で
自分自身の存在を提供している。
違和感と僅かな高揚感を
不覚にも抱いているからこそ
誰にも知られないように
隠し続けてきた本音を
突き付けられている気がした。
ボクは弦を弾きつつ
壇上の上に立った者しか
見えない風景を眺め続ける。
ボクらのバンドの演奏を
聴いている客席の盛り上がりは
まるで自分たちが
人気アーティストなのだと
錯覚を受けてしまうような
異様な雰囲気が包んでいる。
文化祭でバンドをやる文化が
廃れない確固とした理由なのだろう。
腕を上げリズムを刻む男子生徒
黄色い歓声を上げる女子生徒、
起きるはずのない暴動を阻止するため
監視に勤しむ体育会系の部活の顧問
それらに属さない何人かの教師は
普段見せないような表情をして
壇上で演奏するボク達を眺めている。
時間の無駄でしかない全校集会時の
体育館との雰囲気の差は顕著であり
本当に同じ場所なのだろうかと
疑いすら抱いてしまう。
十人十色の唯一無二と評される人間が
自らの意志で体育館という
比較的広めの箱の中に納まっている。
アーティストに憧れる無名の音楽家や
文化祭でバンドをやる人間が抱く
快楽に少しだけ触れた気がした。
ステージの中心に立っている
隼人が流暢に英文の歌詞を歌い
前髪の一部を赤に染めた和樹が
時より客を煽りながら楽曲を響かせ
隼人の後方でどっしりと座った
坊主頭の将が楽曲の抑揚を表現し
黒髪を目が隠れるほど伸びたボクが
紡ぐルート音を構成しながら溢れ出る
三人の個性を静かに繋げる。
ベースという楽器、役割は
高校生の自己顕示欲を満たすには
足りないくらい地味だし
土台になっている低音部分を
聞き取れる奴なんて
恐らくこの会場にはいる訳もない。
そもそもボクの事など誰も見ていない。
今、両手を止めても何も起きないし
誰も気付かないことくらい承知している。
けれどこの三人を繋いでいることだけは
自負しており、一つの自信だった。
この場所は、紛れもなくボクの居場所だ。
ボクは視線を壇上に向けた。
歌いながらギターの弦を引く
隼人と目が合った。
一瞬、隼人は口角を上げる。
ボクは表情を変えずに頷く。
隼人は送ったサインが伝わったと判断し
和樹に向けて目線を送り始めた。
終わりの告げる寂しいサイン。
事前に打ち合わせをしていた通りに
弦を弾き続けながら身体を左側に向けた。
中心に据わる隼人の姿の先には
必死にギターを弾く和樹が見える。
弾けるばかりの笑顔で何度も頷いている。
三人よりも一歩後ろで将は
ドラムを叩くリズムを早めた。
タイミングを見計らう。
曲の最後を締める将の叩いた
ドラム音を合図にして一斉にジャンプした。
一瞬の沈黙から拍手の音で包まれる。
忘れることのできない記憶は
青春時代で一番鮮やかな映像だった。

文責 朝比奈ケイスケ

「雨の匂い、君との出会い」【ショート・ショート1】

交差点の信号が青になるのを
名前も知らない人達と待っていた。
目の前を過ぎ去る車の多さに
戸惑ったのはずいぶん昔の話で
今では日常になっている。
東京という街に染まっていることを
自覚しそうになった時に
雨の匂いが、嗅覚を刺激した。
生まれてから十八歳になるまで
住んでいた町で手に入れた能力は
今でも健在であることに驚いた。
パブロフの犬のような
条件反射で天を仰ぐ。
タバコの先端から伸びる煙みたいに
灰色した汚れた分厚い雨雲が
広がっていて、ため息がこぼれた。
「キミも見上げているだろうか
この汚い都会の空を……」
未だに忘れられない姿が
不覚にも脳裏に浮かんだ。
喜怒哀楽を共にして
一緒に歩んでいた道を
歩かなくなって、もう二年。
僕の柔い部分にできた穴。
ようやく薄いかさぶたが
穴の周辺を塞いではいるけれど
時より剥がれてしまい
消毒液を垂らしたような
染みていく痛みを感じると
僕はどうしょうもなく泣きたくなる。
そして後悔の念を抱いてしまう。
どうして僕は離れそうになった
キミの手を掴もうとしなかったのか、と。
そしてドラマや小説みたいなフィクションが
現実に起きた出会い日のことを思い出した。
最初の出会いも今日みたいな曇天だった。
同僚からの誘いを断れずに行った飲み会。
いや正確には同僚たちが出会いを求めて
学生時代の伝手を使って開催した合コンだった。
彼氏、彼女を求める環境は苦手で一番端の席で
借りてきた猫のように小さくなっていた。
早く終わってほしい、と心底願った。
説教好きの上司との飲みの席で抱く感情と
今の心境は寸分の狂いのない。
幸いなことに人数合わせで
ほとんど喋らない僕に興味を持つ人は
誰もいなくて、目の前に運ばれる料理や酒を
消化していくことだけに集中できた。
もはや僕の席は、合コンの空間とは異なっていた。
そんなテストの回答が終わった時のような
手持ち無沙汰で苦痛な時間を
禅修行の坊さんよろしく乗り越えた僕は
店を出たらすぐに調子が悪いと嘘をついて
早々に集団から離脱した。
最寄の駅近くで営業しているコンビニの前で
我慢していたタバコに火をつける。
吐き出す煙は、ため息そのもの。
都会の喧騒を目の当たりにしながら
「雨の匂いがするな……」何気なく呟いた。
「わかるんですか、雨の匂い?」
突然、聞こえた女性の声。
思わず、声の方に目を向けると
さっきまで一緒に時間を過ごしていた
女性陣の一人が立っていた。
「二次会に行ったんじゃなかったの?」
「明日早いから抜け出したの」
「そうなんだ」
「私がいない方が人数的にも合うしね」
「なんかごめん」
「別に謝ることじゃないでしょ?」
返す言葉が見当たらなかった僕は黙った。
「ここのコンビニのスイーツが
美味しいの知ってる?」
キミは手の持ったコンビニ袋を
顔の位置まで上げて言った。
あまりに無邪気な笑顔。
返事をしようとした瞬間に
雨粒がアスファルトの道や
申し訳ない程度に設置された屋根に
ぶつかる音が聞こえ始めた。
次第に強くなる雨、傘が欲しいと思った。
キミに断りを入れて、コンビニに入る。
気が付くとキミは僕の横を歩いている。
エロ本のコーナー横にあった傘売り場で
残り一本のビニール傘を手に取り、購入した。
カップルのように一緒に外に出る。
目と鼻の先にある駅に行くだけでも
びしょ濡れになるくらいの大雨になっていた。
「本当に雨が分かるんだね」
感心したような表情を浮かべるキミに
「一緒に入る?」と柄にもないことを言った。
すると笑いながら「当然でしょ」と答えるキミ。
多分、この時には僕はキミに恋をしていた。
あの時の想いを継続できていればと
僕らは今も一緒にいたのだろうな。
待っていたはずの信号は青に変わっている。
この調子だと二年間のこと全てを思い出し
家に着く頃には別れを切り出された
晴天の海でのことを思い出すのだろうなと
ぼんやりと、でも確信しながら僕は歩き出した。

文責 朝比奈ケイスケ

ボタンの掛け違い、でもいつかは気付く。

テレビを封じた部屋になって、数日が経過した。
ある液体が蒸気や氷になるような
劇的な変化はあまり感じていない。
そんなもんだとは分かっていたが
実証実験は幾つもの価値観に余白を作った。
例えば、今までテレビに費やしてきた時間が
どのように埋まるのかという素朴な疑問。
生きたことのない昭和に戻るかのように
読書やラジオが代わりに入ってきたという
想像の範囲内と言えば範囲内の結果に落ち着く。
観ていたドラマは最近知名度を上げている
民法公式サイトで観ればいいし
必要なニュースはラジオで聴けるし
詳細を求めたければ検索エンジンに
相応な単語を打ち込むだけで解決する。
実社会で起きている幾つかの事柄については
それなりに対応できるからこのまま継続しても
さほど問題は生じないというのが感想。
あとはテレビの代わりにパソコンに触れる時間が
以前よりも確実に増えたのも一つの事実。
このブログを更新しているのもその副産物。
これも予想の範囲内だ、勿論。

さて、テレビの電源コードを抜いて
今までに抱かなかった感想を挙げるとすれば
「音」に対しての意識が幾分変化したことだ。
以前であればテレビから放たれる音声が部屋に響いて
それなりに彩ってくれたが、今は意識しないと
部屋には不気味なほどの沈黙が流れるのだ。
ボタン一つで着色できた部屋の「音」を
自らの意志で選択するというのは
思ったよりも頭を使うことを知った。
食事時には特に頭を悩まされる。
無音でも構わないのだがそれでは
毎日の食事のように味気ない。
しかし下ネタ満載の深夜ラジオや
アップテンポ、ロックは不釣り合い。
クラシックでは落ち着かないし
お笑い系では食事が進まない。
結果的に野球中継で落ち着くあたり
順調におっさんとしての歩みを進めている。

あとはパソコンに触れる機会が増えたことで
自然と動画サイトを眺めてしまう傾向もある。
テレビのように長くないし、自ら選択するから
ぼんやりと眺めていることも少ないからこそ
自分の傾向がハッキリと見えてくる。
毎年訪れる病のようなものが幾つかあり
その一つが「スラムダンク」だ。
一年に一回程度のペースで
何故か読みたくなったりする。
特にYouTubeに上がっている山王戦。
一巻からちゃんと読んだことがあるかと
問われれば、即座に横に首を振るのだが
大体のストーリーは掴んでいる。
これは名作の条件でもあるとは思うが
それだけ流通しているという結論だ。
マンガ、アニメ、映画と様々な媒体で。
僕に関してだけ言えば
小学生の頃の夏休みに毎朝やっていた
アニメの影響以外の何物でもない。
「スラムダンク」を読んで
バスケを始める人も確実にいるだろうし
それだけの影響力のある作品に
どっぷり浸らなかったのは
理解力という面で、至らない部分が
存在していたということだろう。

「スラムダンク」以外にも
「ブルーハーツ」なども触れている。
なんでだろうか、と問うのは愚策のため
別に考えないけれど、思うことはある。
ボタンの掛け違い、みたいなもんだなって。
青春時代に触れるツールが少しズレがあった。
関心の矛先がメジャー方向になかったのだろう。
音楽の話で盛り上がった記憶は皆無に等しい。
自覚しているが音楽の好みも少しズレていた。
メジャーな音楽も聴いていたけれど
それよりも奇を狙ったというか、
メジャーとマイナーの境界線で
活動していたアーティストが好きだった。
(ドラマで言えば3~5番手以降の役柄が好みだった)
世代ど真ん中のオレンジレンジやケツメイシだって
有名な曲は知っている程度のレベル。
同じ話題を共有出来る友達がいれば
恐らく違ったのだろうが、結果論
そういえば周りの人と同じレベルで
話をする機会ってのは少なかったりする。
今でも継続している悲しき事実でもあるが。
同じくらいの知識量で同じ土俵に立てることは
思ったよりも素晴らしいことであると実感する。
そういう繋がりを求めて、SNSが機能していたのは
遠い昔のように思えるけれど、今もあるのあろう。
雑誌の後半に掲載された掲示板みたいな記事からすれば
恐ろしいくらいの文明開化なんだろうな、と思う。

音楽、スポーツ、漫画、映画、ドラマなどで
夢中になっているときに小説に入れ込んだことを
思い出したのは、今読んでいる小説のせいだ。
名作だと思う作品に出会う時期にが異なっていれば
何かが変わったのだろうと思わせる作品は
非常に重要で、ある意味財産なんだろう。
ただ、そろそろ自分の今にドンピシャな
作品に出会いたいな、なんて考えてしまう。
大抵、僕にドンピシャな作品の傾向として
後ろを振り向く必要性がセットだからだ。
そんな期待を込めて、今日も小説の頁をめくる。

文責 朝比奈ケイスケ

「何か得るには何かを犠牲にする」という言葉を鵜呑みにした昼下がり。

「何かを得るには何かを犠牲にする」
誰が言ったのか定かではないが
割と市民権を得ている言葉の一つである。
部活に集中したいからという理由のもと
彼氏・彼女と別れるといった場合などに
頭の浮かぶのではないだろうか。
まぁ、そんな経験をしたことはないけれども。
むしろいた方が頑張れんじゃないの?と
問いかけたくなる衝動はあるけれど
そんな場面に出くわしたことはないので
その時が来るまで、待っておこう。

なんだか頭に残る夢を見ることが増えた。
夢は寝ているときの情報処理の一つで
本来であれば起きた瞬間に忘れるのが
健全とされているが、健全ではない僕は
忘れられない映像を見ることがよくある。
だからこそ夢について考えることがあるので
大学時代にもっと勉強しておけば良かったと
過去に思いをはせることもあったりするけど
吸い終わったタバコの吸い殻に火をつけるような
無意味で愚かなことは、今はどうでもいい。
ユングやらフロイトやらが開拓した
夢解釈、夢分析という心理学を
用いた概念のもと普及した学問の一つ。
無意識の欲求やらなんやで収まっていたが
時代が進み、それらの考え方を応用して
ネットの海には落ちている。
最近見た夢は、散髪をする夢だった。
一連の流れなんてのは忘れたけれど
美容師に扮した人が僕の髪を切るという
ドラマの中盤でありそうな映像だった。
直近でビューティフルライフや
ラストシンデレラを見たって
都合の良い話ではないから驚いた。
概要もしっかり覚えていないけれども
おぼろげな断片では青春小説みたいな
淡くて、鮮やかな群青劇だった。
そんなもんを見たもんだから
夢分析と検索窓に打ち込む、現在人の証だ。
「髪を切る」「髪を切ってもらう」など
映像の中で重要な部分を表現する単語で
「変わりたいという欲求」と示され
苦笑いを通り抜けて呆れたよ。
そんな一週間の始まりを終えた今日は休日。
まぶしい日差しを目覚ましに起床したのは
十時半を過ぎた頃、もう午前中も終盤戦だった。
ベッドの上で、眠気眼をこすりながら
スマートフォンを手に取ったのは
日頃の習慣といったところか。
取り立てて何かがあるわけでない端末を
一瞥してから、リモコンでテレビの電源を入れる。
パブロフの犬もびっくりの条件反射だ。
土曜の午前中に相応しいゆるい番組を流しながら
食パンとコーヒーで遅い朝食、ブランチってやつだ。
食べ終えたら、洗濯物を洗濯機に放り込んで起動させ
録画していた番組などを眺め、気付けば十二時過ぎ。
もはや般化している休日の過ごし方。
人によっては無駄な時間の使い方なんだと
バイタリティー溢れる人なら指摘するだろうが
そんな時は、有限なものを無駄にするなんてのはさ
最高の贅沢なんだよと言い返してやりたいと思う。
洗濯物を干し、食材やらの買い物に出かければ
もう、十三時は余裕で過ぎている。
なんて贅沢なのでしょうか、僕の休日は。
普段ならこのままテレビを眺めて夕暮れを迎え
憂鬱な明日に向けての準備に入るのだけれども
今日は、そんな予定調和をぶっ壊した。
開放的な感情に則さない少し重たい身体を動かし
部屋の本棚に収まっていた書籍を整理を開始。
小説、専門書、新書、漫画などを片付ける。
その勢いに任せて、思い切って部屋の模様替え。
趣味の一つに模様替えが入るくらいには
部屋を変えることに情熱を捧げられるので
本の多さに苦笑いを浮かべながらも
止まることなく、楽しく手を動かした。
部屋に山積みになる本、そして長年の埃。
雑巾や掃除機などの掃除用具で処理しながら
山積みになる本は僕の成分なんだろうな
なんて青臭いことを抱きながら進めていく。
そして決断をする。
独り暮らしを始めて七年くらいで初めて
テレビを軸にしない部屋を作ることを。
これは僕にとって大きな変化だった。
幼き頃から今に至るまでテレビが大好きな
テレビっ子だったからこそ選ばなかった選択肢。
今クールのドラマは見ているし
バラエティーやドキュメンタリーも
欠かさず観ているものも幾つかある。
ただ、受動的でも満足できる娯楽に甘え依存し
日々を過ごしてきた危機感みたいなものは
それなりに感じていたし、何より
テレビに支配されている状況は
日々強くなってきていたからこそ
テレビを手放す決断に至った。
テレビが無くても生きてはいけるし
スマホがあるから情報の取りこぼしも
恐らくないだろうと判断した結果だ。
ただ野球のCSや日本シリーズ、代表戦など
そのままの温度で観たいものがあったので
捨てるまではいかなかったけれど
電源を抜いたし、アンテナケーブルも外した。
テレビを封じた部屋作りを終えた頃には
十六時を過ぎた頃。結局、夕暮れ時だ。
テレビのあった位置に本棚を三つ並べ
その上にはネタ帳と添削中のゲラに
ネット用と執筆用のパソコンを据えて
ぱっと見の印象はだいぶ変わった。
ただ、湊かなえ原作の「リバース」の
ドラマに出てきた深瀬の部屋感は拭えない。

「何かを得るには何かを犠牲にする」
本当にそうあれば、大好きなテレビを
放棄した僕は何を得ることができるのだろうか。
そんなことを考えてしまう青二才は
今、テレビ中毒の後遺症に陥っている。
でもまぁそのうち慣れるだろう踏んでいる。
これからの後遺症に関しては
経過観察していこうと思うし
禁断症状と戦う奮闘記でも
書こうかな、なんてことも抱いている。

とりあえず今は胡坐を掛ける程度の
面積がある折り畳みの椅子が欲しい。

文責 朝比奈ケイスケ

どんなエンドロールがお好み?

梅雨を追い越して夏がやってきたかのような
地上を照らす太陽の光に溶けそうになりながら
それでもぼんやりと時間を過ごすのは
恐らく義務教育よりもエグイ呪縛だろうか。
なんて生産性のない中二病的発想を
頭の片隅に置きながら、辿り着く答え。

なんでもいい、とりあえず暑い。

この一言に尽きる。
いつからか、暑いのが苦手になった。
それ以上に寒いのは苦手だけれども
なんだろう、年の功のようなもんだろうか。
相変わらずの思考回路を巡らせる。

最近、四連休を作った。
意識して月末月始に設けるあたり
もはや企業にとっては反社会的勢力だ。
この四日間、僕はひきこもりも驚く程度に
時間の流れが過ぎるのを待つように
住み慣れた部屋にひきこもった。
何も予定がなかったってのが大きいけれど
とりあえず身体を休ませたかった。
病人的発想ですが、友人に患者扱いされて
結構な期間が立つので、まぁ構わないでしょう。
で、世界は孤独なもんだなと実感する。
別に僕がいなくても世界は回るし
狭い世界で言えば仕事も回る。
とっても良い傾向だ、うん。
そうして意を決してホームセンターを目指し
重たい足取りで一歩ずつ進んだ。
目的は……。なんてありがちな作り話にはならず
まるで修行僧のように孤独と向き合った。
際立って得たもんなんてない。
収穫を強いてあげるならば
ひきこもりの才能を見つけたくらい。
まるで無価値な結果を手にした僕は
色々と思索にふけったわけです。
そりゃ、ラノベとかに出てきそうな
社会を斜に構えた登場人物みたいに。
(いやラノベとか読んだことないけど)

こんなことを書いてどうしたいのか。
どうやら僕は未だに意味を求めているみたいだ。
変わってなさに呆れてしまうけれど
同時に変わらないことへの執着が顔を出す。
厄介なことに僕は色々なものに感情の一部を
埋め込んで残してしまう習性があるらしい。
薄々は気付いていたけれど
押入れの荷物を整理したときに
改めて突き付けられて笑った。
捨てることが苦手だ。
そこに感情の一部が残っているから。
邪険にできないのは後悔か、優しさか?

何かを変えることへの恐怖心は
どうしたってつきまとってくる。
普遍的な価値観は残していれば
一種の精神安定座のように
心を落ち着かせてくれる一面がある。
でも、と最近になって考えるようになった。
なんでだろうか? どうしてだろう?
やっぱりここでも考えてなくてよいことを
頭に浮かべて、答えを求めてしまう。
この性分に小学生の頃から気付いていれば
もっと賢くなっていたのだろうなとか
ありもしない未来を描いてみたりする。

僕のとって考えることは宿命だ。
考えて、考えて、考えて、事を起こす。
今までの人生を回顧して導くやり方。
極めて面倒な人間だな、と自嘲する。
考えることを考えていく間だけ
僕は登場人物のメインでいられるから。
心理描写は、小説の肝だ。
勿論、風景描写も大事だし
トリックや登場人物との関係性や
壮大なストーリーも必要不可欠。
でも僕が一番に重視したいのは
「心理描写」なんだろうな、と思う。
人の気持ちを知りたくて
漠然とした心理学に手を出して
卒業したら人の気持ちが
分からなくなるという心理学あるあるを
実感したからこその結果論か知らんが
重要な位置に人の心を置く傾向がある。
その末路が、自問自答なのだろう。
じゃあ極めてやろうかな、と前向きに
発想転換するのは成長か、退化か。

時に僕はアラサーだ。
偽りもない平成元年生まれの
ゆとり実験のモルモットだ。
平成という不景気の代名詞を
気付けば三十年近く生きている。
理不尽な体罰がなくなりつつ
飲み物の重要性が浸透し
ITリテラシーを学んだ
昭和世代がこぞってゆとりと
揶揄するやられぱなしの世代。
俺らは昭和の汚れを落とすために
生まれたわけじゃないとか
半ば本気で思うこともあるわけです。
そんなゆとり世代もさアラサーで
ロマンチストからリアリストへと
変わりゆく時期でもある。
例えば音楽を志したものの多くは
過去を思い出にして今を生きている。
なんてのも不思議な話じゃない。
むしろ圧倒的多数だろうとも思う。
別にそこに何かを言うわけではなく
それが一種の自然の摂理であるとすれば
僕は未だに夢見がちな子供なんだろうなと
不必要に自覚するだけの話。
でもこの平衡感覚があるだけで
誰とも異なる価値観や視野を見つける。
だから今は共感なんてクソみたいな概念を
ぶっ壊す術を探している最中だ。

少年よ大志を抱け。byクラーク博士
一度は聞いたことのある名言。
今、この言葉を信じられる若者が
どれだけいるのだろうか。
少年の概念にもよるだろうが。
恐らくネバーランドにいられる
年齢くらいだろうか。
でもまぁ大志を抱いている時点で
そいつは少年だろうからさ
正直、どうでもいい。
大志っていうのは、読んで字のごとくだ。
デカい夢のことを指すと
足りない知識で認識している。
んで、大志を扱い方が分からないから
今、頭が混乱していたりする。
将来に漠然とした不安でもあれば
もう少し努力でもするのだろうけれど
まぁそれなりに生きているからさ
気力が出なかったりすることもしばしば。
そもそも生きてんのかもわからない。
こんなことを抱く、まさにメビウスの輪。

そんな僕は今宵も引っ越し先と転職先を
ぼんやりとした意識の中で探すわけです。
そして夢の中で物語を探して
キリの悪いところで目を覚まして
汚い現実が訪れる朝を迎えるんだろうな。

戯言レベルの散文、失礼しました。

文責 朝比奈ケイスケ

くだらねえとつぶやいて醒めたつらして歩く

エレファントカシマシ「今宵の月のように」の
歌詞から拝借しました、今回のタイトル。
この曲を初めてちゃんと聴いたのは四年前くらい。
好きなアーティストのライブに行った時に
カバーされたのが、きっかけだった。
ライブが始まる前に友人と一緒に行った
タワレコでエレカシの話をしていたこともあり
普通にカバーされたという事実に上乗せされた
思い出が残っていて、印象深い。
それ以降、何かと口ずさんでいる曲の一つ。

気付けば、水無月の足音が聞こえてきて
そろそろ僕の季節がやってくるな、なんて
思っている愚か者の日常に差し込む色は
面白いほど同じで、ため息が出る。
何かを求めている心情を無視するように
機械的に過ごしているのが現実。
縦軸だけを見れば、立派な社畜。
我ながら、哀れで情けないとすら思う。
でも抜け出す勇気はなくて
染色される生地のように無抵抗に
色づけられている感覚は居心地が悪く
僕の柔い部分を刺激する。
壊れそうで壊れない自身の頑丈さは
恐らく青春時代の核に投資した
高校時代の悪しき記憶のおかげで
言葉にならない感情が湧き上がる。
別に世間を賑わしている事件のような
常識を逸脱していた訳ではないけれど
人生において影がある時間には変わらない。
妙に耐性があるのは、幸か不幸か。
考えても仕方がないことに頭を悩ますのは
思春期の頃から続く、生業の一つだからこそ
正直、成長がないのかなと落胆する。
周りを見れば、転機によって景色が
変わっていると判断できる奴も多くて
それが何故か、羨ましく見えたりする。
疲れてるんだな、なんておざなりな
誰もが言えそうな常套句を口にして
現実を俯瞰で見ているつもりでいる僕は
思っているよりも疲れているのだろう。
この感覚には見覚えがあって。
付属する記憶が僕をさらに追い込む。
でも悪循環を止める術、今も知らないし
隠している性根が腐っている部分が
確実に顔を出している気がする。
こういう時の僕は大抵、独りだ。

「独りが寂しい」
刷り込みを義務教育に学んでいるからこそ
危機的な状況にいるのではないか?
芥川龍之介の言葉を借りれば

何か僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安である

簡潔にすれば「漠然とした不安」を餌にする
火喰い鳥のように、様々な因子を焼き尽くす。
積極的に人と関わらない人生を営んでいると
確かに寂しいとは思うし、意味を問いかけたもなる。
意味を求めること自体が有意義で無意味であることを
経験則で知っている僕は、他に目を向ける。
大勢が参加するイベントとかでは働く視点がある。
例えば、強制的に集合させられたイベント。
そこに参加することで手にする
メリットは幾つあるだろうか。
斜に構えた中二病スタイルだと自覚したうえで
考えてみると、割と自分はマイノリティだと知る。
つい先日もそんなことがあった。
仕事の都合で参加せざるを得ないイベントに
注射を嫌がる小学生並みのテンションで参加して
賑わう風景をぼんやりと眺めていた。
久し振りに会える人がいたり
タダで飲食できるといったメリット位しか
正直、浮かばないのだけれども
そもそも挙げた二つの内容は
僕にとってメリットではないから
参加する意味は、皆無で。
仕事という事実があっても苦痛を伴う。
人と関わるということに対して
一抹の嫌悪感みたいなものがあるのだろう。
何故だろう? 染み渡った孤独論理のせいだ。
あと人に対して抱く猜疑心と疑心。
理由は分かっているし、原因も分かっている。
神経質で期待しがちなんだろうなと思うけど
そもそも期待されないことを示されるのが
シンドくて、落ち込むからだろうか。

頑張らないと期待されない。
どこかの物語で綴られたセリフ。
間違ってはいないだろうし
的を得た発言だと思う。
でも期待されるために頑張るのは
恐らく本質がズレているだろうし
あくまで付加価値の一環に過ぎない。
何のために頑張るのか。
この絶対的軸がブレると
本質を見誤ることも多い。
現状として頑張る理由が見当たらない。
もっと功名心や野心に溢れる人間ならば
世界の風景は異なるのだろうけれども
残念ながら、人生には、もしもはない。
白か黒か。結果が全てを物語る。
それが覆すことのできない真実。
多分、本音を隠し続け過ぎたと思う。
分かっている、社会常識や周りの目を
意識しすぎた弊害であることは。

どうしょうもない縦軸にも
一筋の光、クモの糸程度の光が
差す横軸は僕にも確かにあって。
それがこれから話す横軸。
仮に僕を記録に残すとして
絶対に外せないものが二つある。
一つは野球、もう一つは小説だ。
どちらも幼き頃から僕の人生を
ある意味劇的に変えてきたもの。
今なお続く野球で繋がる関係性や
雁字搦めの自我を解放できる
グラウンドはかけがえのない財産。
中学一年生の頃に出会った小説から
始まる物語との関係性は
いつも寄り添ってくれたし
時には何も持っていない僕の手に
一つの武器を授けてくれた。
今でこそ停滞気味だけれど
読んだ物語の分だけ
血と骨になっているし
物語を書いてみて知ったこともある。
それが多分、僕の世界を変える術。

書き終えた7作品。
毎日のように更新する140字小説。
友人からの激励。
そして……。

そういえば「PeterPan Studio」の主が
また面白いことを提案してきた。
ここで書こうとは思うが今ではない。
それは、また今度書こうと思う。
こんな長い自我の解放の後には
相応しくないと思うから。

天才でも秀才でもない凡人。
優等生ではない劣等生の僕には
やれることは限られているから。

僕は処女作と最新作を
印刷したゲラと向き合う。

ネットの片隅で物書きを名乗る
無名で呆れるほどしょうもない僕には
それしかないと思うから。

文責 朝比奈 ケイスケ