選択【ショート・ショート73】

 テレビを眺めていると感染症の猛威について報道されている。日常に溶け込んだ報道、もう般化して感情が麻痺している。ソファーに腰掛けながらスマホのカレンダーアプリを開き、予定を確認する。クリスマス、大晦日、正月三が日。年末のイベントについて、本気で頭を悩ませる未来は、もっと先のことだと思っていた。けれど現実は悠長に構えていた僕をあざ笑うかのように、目先に突き付ける。考えることが面倒になり、テレビを消して、外出の準備をする。
 例年の十一月では考えられないような薄着、それでも震えるようなことはないことに感謝しながら、ゆっくりと玄関のドアノブを下げた。
 外に出ると今にも雨が降り落ちそうな曇天だった。駐輪場に置いたロードバイクの場所まで歩く。コンクリートに落ちる紅葉した葉を眺めた。今は秋なのか、冬なのか。
 ボロボロになった青のバーテープを握り、見慣れた走り出す。平日の午前中、人は少ないが夜とは異なる層の人が歩いている。大きい道路に出れば、呆れるほどの車が走っている。まるで何も起きていないと主張するように。
 時より信号に捕まりながらも進んでいく国道一号線。このまま進み続ければどこに行けるのだろうか? ふと抱く疑問は積み上げた知識であっさりと答えに辿り着く。東京方面に行けば日本橋だ。でも西に向かったら? 答えは出なかった。きっと大阪か京都辺りまでは行けるのだろうなと漠然と思った。なんだか気持ち悪い。信号待ちでスマホを見たいという欲に溺れそうになる。ポケットに入る世界と繋がる窓がいかに必需品へと変化しているのかを思い知る。指先を動かせばおおよそのことが分かる現代。刺激は過剰化している気がした。そんなことはネットを覗けば、すぐに分かることだった。だけど、その全ては手応えも肌触りもない。無機質で温度もない文字の羅列か、レンズ越しの画だから、当たり前なのかもしれない。
「オレ、何か自分の五感で感じた刺激ってあったか?」
 ペダルを規則正しく回す。速度が上がっていき、景色の見え方も変わっていく。吹き付ける追い風が見えない壁となり、進行を制止しようとする。ロードバイクに乗っているだけは五感に正直になれることを、文字通り肌で感じるように。
 このままどこかに行きたい、まだ見ぬ世界を自分の眼で確認したいという衝動が芽生える。立ち漕ぎに切り替えようとした時、ポケットのスマホが震えた。自分のではなく、業務用のスマホが。胸で生まれた熱が冷めていく、そして冷静になっていくのを感じる。
 目に見えた赤信号で右折して、さっきまで走った道を折り返す。目には見えない未来を開拓するよりも、今、目に映る現実を放棄できるほど器用な人間じゃないことを自覚しながら、立ち漕ぎで駆けた。夕暮れが眩しくて、綺麗だった。
 どうやら身近な美しさを僕は見逃していたみたいだ。

文責 朝比奈ケイスケ

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