一通のメール【ショート・ショート66】

 言葉にならないような感情に陥るのは、どうでもいいことばかりを考えてしまうからだろうか。歳を重ねれば重なれるほどに考えることが増えていき、それでいて消化することが難しくなっていく。
 でも学校ではそんなことを黙っていて、夢を持つことを必要以上に強要する。大きければ大きいほど良いとされた夢を。それでいて叶わなかったことに関しては、妥協という使い勝手のいい言葉で誤魔化す。あの頃には気付くはずのない教育の闇、そして僕の指針だった。
 その誤った指針を信じて疑わずに生きた。呆れるほど真面目に。そして学校と言う後ろ盾が無くなった瞬間、表情を変えて、追い込まれるかのように泥沼に嵌っていった。どんな些細な違和感でも何も抵抗しないままに生きれば、違和感という形に変化して、そのまま自分の中に存在して、悪い友人のようにいつまでも付きまとう、厄介だ。
 義務教育という概念の中から一歩出て、それでも学校と言う後ろ盾が存在する大学という場所は、そうした違和感を修正する機関として大きな意味を持つような気がしている。だからこそ、未成年での飲酒や喫煙が黙認されている実態もあるだろうし、異性を買うことですら場所さえ誤らなければ可能な自由な時間。準備期間という定義でモラトリアムと名付けた心理学者もいる。それを一番有効的に使用できるのは、おそらく十八歳から二十二歳までの時間軸。そこで転んでしまうようなことがあれば、恐ろしいほどに理不尽な社会の顔を見ることになってしまう気がした。
 生きていく上で必要なのは、学力や金銭といった後天的な因子ではなく、人との関わり方。その謳い文句を現代社会では狂ったように口にする。結果、コミュニケーション能力が長けている人間が上位であり、下位にいる者は、それが足りていないとされるような階層のようなものが出来上がりつつある。それは自然界の食物連鎖という絶対的な関係性のようだ。人間のように感情や思考能力を用いる生き物では、形を変えて、野生動物よりも複雑さを生み出しているようだ。
 こんなことを考えながら、帰りの誰もいない明け方の道を進むと、自分の存在意義のような答えのない質問を問いかけてしまう。生産性のない帰り道ほど、地獄だと思うようになったのは、大学を卒業以降であり、青春と言う眩い光を主張する時間から追い出された結果論だ。
「今日もゴミのような一日だったな」呟く言葉は、寒さによって白く着色されて目に映る。一瞬でも言葉が形になる映像に救いを求めている。何もない自分を何かに着色できるような魔法に繋がるなんて現実逃避から生まれた産物。こんなことばかりを考えているから、内定という社会参加への切符は手にできずに夜勤のバイトなんかに精を出している。こんな将来は描いても見なかったと言えば、嘘になる。けれど夢の風呂敷を無限に広げてもいい時期には、考えることはなかった。それよりも野球選手とか医者とか、そういった今思えば血反吐を吐くほどに自分を追い込み、目の前に広がる誘惑を拒んだ者がたどり着ける領域に行けると信じていた。けれど成れなかった。
 。努力が足りなかったとか才能がとかお金がなんて逃げる人間が使い続ける言い訳の常套句は、今では口癖になって、何をするのにも言い訳が先行している。だからこそ、多くの物を失い、得るものは恐ろしく小粒なものになってしまうことを教えてくれれば道を外すことは無かった。
「言い訳ばかりの負け犬人生……か……」
 今にも消えそうな言葉がこぼれ、嫌悪感で全身が包まれて死にたくなる。けれども睡眠欲、食欲、性欲は消えることなく、心臓で製造された血液は絶えず、巡り続けて生き続ける努力を惜しまない。この機械的な動作でも行動にして落とし込めていれば、世界は表情を変えたように思う。考えを巡らせて歩き続ける、寝るためだけの部屋に向かって。おもむろにポケットに忍ばせたタバコの箱を取り出す。握り潰されたかのような箱から、今にも折れそうな一本を口にくわえて、火を付けるためにライターを少し震えた手で動かし、手頃な火を作り出し、先端に近づける。ジュッ、と焼ける音がしてオレンジ色を生み出す。空へと延びていく煙を顔面に受けながら、煙を吸い、吐き出す。口からは大量の煙が放出されて、血液の流れが悪くなる。不摂生な感覚は気になるけれど、嫌いにはならないのは、身体が示す拒否反応のようなものであり、それが三大欲求以外で生きていると感じさせるからだろうか。
 くわえ煙草で歩いても気分は晴れない。むしろ余計に思考の世界へと踏み込むようだった。家までの距離はないからこそ、吸い切ることを優先した遅い歩みで進んでいく。
 そんな時、携帯電話が震える。ほんの数秒で震えは収まり、何もなかったかのように静けさが戻ってきた。ポケットから取り出した携帯電話のランプは点滅し、何かの連絡を受けたことを知らせている。二つ折りのコンパクトになった携帯電話を開き、連絡を確認する。
『新着メール1件』
 無機質な文字が画面で表示される。メールボックスを開くと、見覚えのないアドレスで届いたメールが未読という表記で残っていた。迷惑メールかと思いつつ、開けた。
『深夜に悪い。明日ヒマか? 関本守』
 見覚えのある名前が記載されているのは、向こうの設定だろうか。どうでもいいことが気になってしまった。気怠さを抱きながらも、大丈夫という旨のメールを作成して送信ボタンを押す。一瞬の間に、インターネットの回線に乗り、康太の元へと送られた。当たり前になり過ぎてしまっているから、何とも思わなかったけれど、今日はその一連の流れが可能になった仕組みが気になった。けれども少しだけ気持ちは高揚して、歩く速度が速くなった。

文責 朝比奈ケイスケ

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