剥げたメッキ【ショート・ショート55】

 スケジュール帳を見ていると、自然とため息がこぼれてしまった。
「こんなに予定があっても楽しくない」
 自然と呟いたのは、本音が理性を越えてしまった証拠だろうか。大学を卒業して五年。もう27歳。描いていた社会人ライフは縁遠くて、毎日同じような作業の繰り返しに疲れている。理想と現実の差は、思った以上に大きかったみたいだ。
「お客様が笑顔になるお手伝いをしたいです」
 第一次面接の一言、確かに抱いた想いだった。でもお客様を笑顔にする前に私から笑顔が消えていた。
「アキ、なんか疲れてない?」
 そういえば大学時代の仲間との女子会でよく言われるようになった。同級生達は仕事の愚痴をこぼしていても、目の前に置かれた料理の盛り付けが豪華だったり、美味しかったりすればすぐに切り替わることができる。見ていて羨ましいと思いながら、空気を壊さないように作り笑顔で繕うことが増えた気がする。その繰り返しは会社内でも同じで、いつの間にか当たり前になっていた。それでも構わない、私はやりたいことを実現させる。毎回、決意してから新しい一週間を過ごしてみようとするけれど、結果的には同じ風景ばかり見ている。
「私のやりたいことってなんだっけ?」
 自分自身が抱いていた希望は、社会の荒波を全身で浴びているうちに忘れてしまったのかもしれない。
 毎日の習慣に決めたストレッチをしながら、誰かの声が聞きたくなった。スマホを操作してグループLINEにメッセージを投稿する。深刻にならないように、それでいて話を聞いてくれる機会を作ってくれるような案配のメッセージだ。
『ごめん、今と彼氏と一緒に居て連絡できそうにない。また明日、連絡するね。』
 返信が一通しかないことは結構堪えた。私はどんな時でも時間を作って話を聞いたし、大学時代は話が聞けない状況でもすぐに返信をくれたのに、なんで。友達よりも大切な物がみんなにはあって、私には無かった。あと有名企業で働いている私に対して、それとなく嫉妬していることには薄々気付いていた。だから彼氏を作ろうと思い立ったこともあったけれど、私の横にいてくれる人は現れなかった。あの頃はひっきりなしに鳴ったLINEも今では殆ど鳴らない。キラキラした学生時代は幻だったのかと思いたくなるほどだった。
 恋に恋できるほど子供じゃ無かったし、かといって将来を考えられるほど大人でも無かった私。
 スマホをテーブルの上に置いて、ストレッチに戻る。固くなった身体をほぐしながら、全身を点検する。なんだか肌のハリが無くなった気がした。よく見れば皺も増えている。華麗に仕事をこなすキャリアウーマンのはずが、加齢に怯える平凡な女性社員になっていることを自覚する。
「あぁ、彼氏欲しい」
 ストレッチを終えて、明日の予定を確認しているとスマホが鳴った。やっと返信をくれたとウキウキしながら、おとなしめのネイルが少し剥げている指で画面をタップする。
『ごめん。来週のお出かけなんだけど仕事で行けなくなっちゃった』
 別の友人からのあまりに淡泊な返信が届いた。その後に届いた可愛らしいスタンプを一瞥して画面を消した。スケジュール帳に書いていた数少ない楽しい予定が一つ消えてしまう。そのことで胸が痛くなった。一瞬で気持ちを落とさせて、何も無かったように晴れ間がやってくるゲリラ豪雨みたいだ。
「オレとか友達のことをなんだと思ってんの? オレはお前が自由に使える駒じゃないし、落ち込んだ時の精神安定剤じゃ無いんだよ。お前のそういうところが嫌いだ」
 一年前に付き合っていた彼氏が別れ際に残した言葉の真意をようやく体感した。もう遅いのかも知れないけれど。

文責 朝比奈 ケイスケ

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