飲み会【ショート・ショート54】

 味の抜けたビールを飲みながら、くたびれた表情を浮かべる旧友の愚痴に耳を傾けていた。高校卒業をして十二年。青春時代の前半戦を共に生きた仲間は、それぞれ違う生活を営み、そして変わっていた。
グループのリーダー的な存在だったアイツを除いて。
「もうね、金が無いの」
 結婚して数年、子育てが生活の軸になっているBは、隙があればこの言葉を口にする。金が無い、金が無い、金が無い。脳内で文字起こしをすれば明日の生活すら怪しいと思ってしまうけれど、実際のところは自由に使える金が無いということらしい。ならば結婚も子作りもしなければいいのに、と喉元までやってきた言葉をジョッキに残るビールで一気に飲み込んだ。声に出してはいけない文言が自然と脳内で生成できる程度には、僕は性格が悪い。自覚症状があるからこそ、ぐっと我慢する。腹に溜まったフラストレーションは、年々、増えてきた気がする。これが大人になることだ、と言い聞かせても完全には納得できないけれど。
「オレは、お前が羨ましいよ」
 Bは僕のことを指差して大声で言った。羨ましい。恐らくBが言った羨ましいという意味には大きなズレがある。心地よい言葉の響きとは異なる真意をおおよそ把握しながら、僕は愛想笑いを浮かべて誤魔化した。
「Bも十分羨ましいけど?」
 離婚調停で頭を悩ませていると話していたCが助け船というか不必要に口を挟んできた。これは場が荒れる。不幸へ一直線の導火線に火がついてしまった。Bは捲し立てるようにCを罵った。Bは僕のことを羨ましいなんて思っていない。いや独身で自由という点ではそうなのかもしれないが、実際のところは大変だけれど結婚して子供を育てるのは良いもんだぞと何も持たない僕に投げつけて自己肯定を得ようとしているのだ。そして優位に立っていることを確認したいのだ。それなのにBよりも悲惨な状況下にいるCが入り込んでくれば、会話が思う通りに転がらないことに憤りを抱いて攻撃的になる。酔ったときのBの悪い癖を知っているはずなのに。Cの余裕の無さが浮き彫りになる。僕は一時離脱するためにトイレに立った。
 トイレは一旦店内から出ないといけない場所にあった。入店した扉とは異なる出入り口から外に出て早々に用を足した。店内に戻ろうとした時に店先に置かれた灰皿の横に立って紫煙を伸ばす男の存在を目に入った。
 Dは僕の存在に気付いたようで、くわえタバコで右手を挙げた。僕は引き寄せられるようにDの横に立ち、慣れた手つきでタバコに火を点した。
「BとCの口論、どっちもどっちだよな?」
 Dは呆れた表情で呟き、同意を求めた。結婚して順風満帆の最中、ちょっとした出来事をきっかけに自己があやふやになっているBと不倫をして窮地に立たされているCは身から出た錆ではあるけれど、どっちも自分以外の何かに頭を悩ませていることには違いはなく、でも僕は肯定も否定もしない曖昧な態度を保った。正直に吐露すれば、どうでもいい。その一言で片付くものだった。
「Dはどう思う?」
「オレはどっちも経験済みだから、なんとも言えないかな。Dみたいに自爆じゃなくて、相手側に非はあったけれど」
 笑い話のようなトーンで深刻なムードにならないように振る舞うDを見ていると、やっぱり変わったなと思った。あのグループの中では、一番距離感が近かった奴だったからだ。知らぬ間に適度な距離を保つような処世術が身に付いて、俯瞰で物事を見ていることが日常になってしまっているのだ。仕事とプライベートの境界線を越えていることにDは気付いているのだろうか。気になったけれど、言葉の代わりに煙を吐き出して誤魔化した。
 全員、新しい場所で新たな自分を生きている。そしてBは家族に、Cは元家族とのもめ事に、Dは仕事に染まっているのだ。じゃあ僕は? その疑問符は生産性が全くないことを身をもって知っているから無視した。
「そういえば、Aは?」
 僕は話を変えるために、Aの話を切り出した。遅れるとは聞いていたけれど、もう一時間以上は姿を見せていない。アイツらしいといえばそれまでだけれども、連絡すら寄越さないと少し不安になる。
「そのうち来るだろ? アイツ時間は守らないけれど、約束は守る奴だからさ」
 Dの冷めた言葉に、いや時間を守ってない時点で約束は破っているだろうと腹の中でツッコんだ。
「さて、戻りますか。あのまま二人にしてたら、殴り合いになりかねない」
 Dはそう言って、灰皿に吸いかけのタバコを捨ててから店へと戻っていった。半分以上の残っているタバコが惜しくて、黙ってDを見送った。一人になってタバコを吸っていると、酔いが醒めていく。戻るのが面倒だな。僕は吸いかけのタバコを灰皿に捨ててから、新しいタバコに火を点した。逃げの姿勢は、どうやら染みついてしまっているようだ。
 二本分のタバコを吸ってから、アイツらのいる席へと戻った。人影が一つ多い。ようやくAが到着したみたいだ。殴り合ってもおかしくなかった二人は知らぬ間に和解したようで、仲良く酒を飲んでいる。Dもその姿を見ながら笑っている。何が起きたのかは分からないけれども、Aが仲裁したことはすぐに分かった。相変わらずの統率力だった。
「久し振りだな」
 Aの変わらない低くて渋い声に僕は確信した。やっぱりAはこのグループのリーダーであり、僕の青春に確かに存在したことを示す象徴の一つであることを。

文責 朝比奈ケイスケ

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