亡霊【ショート・ショート49】

 誰もいなくなった。僕は最後の生き残りだ。
 自転車を漕いで、深夜の街を進んでいく。あの頃、当たり前に連んでいた仲間は、もういない。十年。長いような短い時間の中で、この場所から離れていった仲間の声、もう遠い過去だ。たまに集まることはあるけれど、全員集合なんてことはなかった。欠けたパズルのピースを埋めて、一つの絵を見ることはできないと思う。青春時代は自分の中で描いただけの理想の群青劇だったのかもしれない。
 進学、就職、結婚、出産。社会規範に沿った友人達は、躊躇いも無く生まれ育った街を旅立った。その背中を見送り続けた僕は、今も過去の奴隷みたいに地元に残り続けて、代わり映えのない日常を惰性で生きている。
「今、楽しいか?」
 友人から言われた言葉の真意を探すために飛び出して、あの頃をなぞるように見慣れた道を進んでいく。田舎とカテゴライズできる街は、テレビで見る煌びやかな都会とはかけ離れていて、少ない街灯だけで照らしている。
 壮大な夢を語ったアイツは今は商社マン。
 大恋愛を経験したアイツは今は独身貴族。
 暴力沙汰を起こしたアイツは今は警察官。
 学校のマドンナだった君は今は二児の母。
 憧れのアイドルはママタレントに。
 好きだった芸人は人気YouTuberに。
 時代は変わって、相応に変化する人間模様を傍観者のように眺めている僕は、変化を嫌い続けていた。見事なまでに変わらないまま年齢だけを重ねる。もう全てが終わった余生を生きるみたいな姿を「余生を生きているな」と仲間は言った。的を得ているような、そうでもないような生き方を肯定できるほど青くは無くて、むしろ忘れ物の多さに泣きたくなる夜だってあった。でも経験は抗体を生んで耐性を身に付けた。揺れない心は時代錯誤の狂気なのかも知れない。
 毎晩のように利用していた自動販売機の前で自転車を止めて、ポケットから取り出した小銭で缶コーヒーを買う。背伸びして飲み続けたブラックコーヒー。自動販売機に背中を預けて、苦さも味も薄い不味い水のような液体を一気に飲み干す。虚無感が全身に染み渡っていく。「こういうときに泣けたならば、もう少し人間味が出るのかな」
 こぼした呟きは静かな夜に溶け込んで、涙すら枯渇したことに自覚的になる。
 空になった缶をゴミ箱に入れて、再びペダルを回す。どこかに向かうように。何かから逃げるように。そんなことに意味なんて無いのに。 人間の生き方というものを取り返しのつかない次元で誤ったことを過去を悔いても戻ることはできないし、かといって未来への展望を描ける訳でもなかった。ただ、悔いる。圧倒的な後悔の積み重ね、全てに期待することを止めた。もう誰かに歩幅を合わせて歩くことはせずに、あさっての方向へ全力でペダルを回そう。
 立ち漕ぎになって迷いを振り切るようにスピードを上げようとした瞬間、でこぼこ道にタイヤを取られた。空が下に、地面が上になった反転した景色が目に映って、そのまま背中に痛みが走った。
 車が一台も通らない道路で僕は大の字になっていた。ボロボロの自転車のハンドルが曲がっているのを確認して、思わず笑った。多分、僕の握っていた人生のハンドルと重ねたからだろう。
 起き上がることをせず、ただ漠然と、都会では見ることのできない澄んだ空に浮かぶ幾多の星を見つめる。
「幸せってなんですか?」
 教師という学校から卒業できないままの亡霊になった僕を肯定するかのように、空はあの頃のままだった。僕は目を瞑る。全てが嘘であり、変わっていない自分を慰めるように。
 
 文責 朝比奈ケイスケ

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