深夜の本音【ショート・ショート45】

 テレビを点ければ、似たような番組構成で、同じようなことを話し続けていた。不安を煽る情報の数々が、ただでさえ疲弊している心身の上に乗っかっていく。土台が揺らいでいる状況では堪える内容に辟易して、テレビに向かってクッションを投げつけた。気付けば日常は取り上げられて、新しい生き方を強要されている。洗脳に近い方法論の中で視覚や聴覚、更には思考回路まで毒されていくような恐怖心が芽生え始めていた。
 このままでは壊れてしまう。耳元で呟かれた気がした。
 おもむろに時計を見ると12時を少し過ぎた頃で、窓の外は夜が支配していた。食べ終わったコンビニ弁当の容器が置かれたテーブルを一瞥し、知らぬ間に時間が進んでいたことを知った。居眠りなのか、無意識の思索で費やしたのかも分からない時間の流れに対して、無力な自分を呪うようにため息を吐いた。テレビ画面ではリモート放送と銘打って、いつかのアイドル番組で使用されていた方法でバラエティ番組が進行していた。あの時、浸透しなかった撮影方法は時代の最先端よりも先を進んでいたのかも知れない。
 大きなグループから生まれたユニットがメインの番組を思い出して、youtubeで時代を彩ったアイドルのPVを検索した。大人数なのにも関わらず今でも名前と顔が一致することに驚きながら、そのグループの現在を知らないのは、過去に取り残された末路だろうか。それとも話に置いていかれないように、必死だった名残だろうか。懐かしい曲がテレビの音声と重なって生まれた不協和音を聞きながら、現在と過去の境界線に立っていると思って、自嘲する。
 思い立ったようにテレビとパソコンの電源を切って、フローリングに転がっていた脱ぎっぱなしにしてあった服に手を伸ばす。裏返しになっていたり、靴下が片方見つからなかったりという苛立ちを飲み込み、煩雑な手順を一つひとつこなしていく。皺のついた服の袖を通して出来上がった外出の準備。スマホと財布、あと鍵を持って部屋を後にする。
 駐輪場に並んだ自転車の中から、愛車であるシティバイクを取り出して、スタンドを上げた。ライトを点灯させて、走り出した。普段よりも人通りの少ない国道を進んでいく。街灯と家からこぼれる光が、申し訳ない程度に夜を照らす。異常なほど静かなのは、きっと真面目な国民性の賜物だ。虚しく点灯する信号を無視してペダルを回す。ゴールが決まっているコースを走ることほど、簡単なことはない。リズミカルに足を動かしながら、漠然と目的地との距離を縮めていく。
 一本道の終着地点。海岸線の四車線との合流地点に辿り着くのに、さほど時間は掛からなかった。その間、人影を見ることは稀で、なんだか終焉の社会に紛れ込んでしまったかのような錯覚に陥る。コンビニと自動販売機のか細い光は、終焉をより強調しているようだ。
 防風林と防風林の間に作られた細道をシティバイクを押しながら、歩いて行く。波の音が聞こえ、潮の匂いが嗅覚を刺激する。すぐに道は開け、暗闇の中に飛び込んできた漆黒の海。海岸にやってくる波が白さを目視できて、モノクロの世界が視界を覆った。
 シティバイクを駐輪場に置き、波打ち際に向かい歩を進める。柔らかな砂浜は新鮮で、毎日固いコーティングを施された道の上ばかりにいることを改めて実感した。パーカーのポケットに両手を突っ込むと、固体に触れる感覚があった。触り慣れた箱、タバコだ。習慣に身を委ねて、箱からタバコを一本取り出す。ジーンズのポケットに入っていた100円ライターで火を点す。吐き出す煙が夜に溶け込んでいく。くわえタバコのまま、頭の中を整理していく。
 灯台から定期的に伸びる光を見つめ、心地よいテンポで刻む波音を聞いていると童心に戻ることができた。生きている中で見聞きする映像や雑音で視覚と聴覚が汚されて、全てを司る思考もまたノイズだらけになっていたのだろう。自然の音、原風景の中で呼吸しながら、情報過多になった状況を精査するように浮かぶことを編み目の細かい篩に掛け、一つひとつ精査していく。次第にクリアになっていく。社会で何者かを演じながら生きることで、思考停止の状況を誤魔化すように保留していることや見えなくなっていたことの多さに戸惑った。何が大事なのかも判断できない中、漠然とカレンダーを捲っていた。その姿はまるで酔狂で、滑稽以外に見当たる言葉がなかった。
 何故演じているのか? そもそも僕とは一体? 
 タカが外れた。まるで泉のように溢れる答えのない哲学的な設問が、一挙に押し寄せる。その全てに答えられるほどの成熟していない姿は、あの頃描いた大人とは恐ろしく乖離していた。時間が経っても一向に成長していない。むしろ退化しているのではないかと懐疑的になってしまう。
 足場が固くなり、波打ち際まで来たことに気付いた。押しては引く波にスニーカーは濡れ、気持ち悪さが指先から伝わる。理想と現実の境界線に立ったかのような決して晴れない心境を抱きながら、呟いた。「いつも何かと何かの境界線の上にいるな」
 弱々しい言葉は、すぐに波の音に飲まれた。選択しなかった人間の末路。それが今の僕であり、後悔を体現した姿だった。
 ため息を一つ吐き出して目を瞑った。本当の暗闇が僕を包む。しばらくすると瞼の裏に映像が浮かんだ。多分、下隠しにし続けた本音だった。クリアになった思考が最初に求めたのは、恥ずかしくなるくらい青かった。
 深夜未明、誰もいない海岸でスマホを起動した。ブルーライトが眩しくて、思わず目を背けたくなった。これは言い訳だ。最新のインフラを操作しながら、声を求めて発信する。
 時代が変わっても一連の動作から導く結論は、若い頃からさして変わらなかった。機械音が切れ、一瞬無音になった。そして気の抜けた柔い声が鼓膜に震わせた。

文責 朝比奈ケイスケ

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