再会【ショート・ショート35】

「だから今回の企画だと、演者が乗り気にならないんだ」
 深夜未明のファミレスには相応しくない五十嵐の怒気の入った声が聴覚を刺激した。夜の過ごし方に迷う数少ない客の視線が、一同に僕達の座る席へと集まる。
「それを仕切るのが、お前の仕事だろ」
 極めて落ち着いた声で応対した僕は、ドリンクバーの冷めたコーヒーが入ったカップを飲んだ。冷めたことで、さっきよりも苦みが増している。眠気覚ましには丁度良かったが、今の僕には苦さよりも脳を活性化させる糖分の方が欲しかった。
「そうだけど、少しマイルドにならないか? お前の作品は毒が強すぎる」
 五十嵐が僕を呼び出したのは、部活のミーティング終わり。喫煙所でラークを吸って、缶コーヒーのプルトップを開けようとしている時だった。呼び出された時点で、なんとなく状況は把握していた。
 今回の脚本は、今まで僕、いや部活動の歴史の中でも異色で、それまでの作品とは一線を画していた。
「この演劇部では喜劇がメイン。スポットライトは演者全員に。そして最後は笑えるように」
 クソみたいな掟が去年まで部長だった無能が掲げたテーマだった。正確には代々受け継がれてきた悪しきテーマ。だから今まで作品の全ては、演者全てに焦点が当たるような設定、結末はハッピーエンドしかないものばかりだった。だから二年もの間、僕は喜劇を書き続けてきた。その苦行を繰り返して、部内からの信頼を積み重ねてきた。
「日下部、今度はお前が書きたいものを書けよ」
 飲み会の席で四年の臼井という無能が音頭を取って、目の前にいる五十嵐を筆頭に僕を神輿に乗せた。その発言が社交辞令だと分かりながら、敢えて鵜呑みにした僕は、部活内の掟を破ることを承知の上で、侵してはいけない領域に足を突っ込んだ。僕だってバカじゃない。そのことは自覚している。そして書きあがった脚本は、人間の弱さや醜さに焦点を当てた群像劇。それに最後も笑えないような悲劇が待っている。誰も救われることのない内容であることは提出する前から分かっていたし、少しばかりの批判は覚悟していた。しかし、五十嵐が懇願するほどに部内に波紋が起きるとは、正直思ってもみなかった。
「お前らが好きなように書けって言ったんだろうが」
 苛立ちが口調に現れる。
「言ったけど、急に変え過ぎだろ」
「書きたいものを書いた結果だ。ハッピーエンドで世界は回っている訳じゃない」
「そうだけど。だからこそ、ハッピーエンドで終わらせる舞台を客は求めているんだよ。分かるだろ?」
「客じゃないだろ? 演者たちが、の間違いだろ」
 五十嵐の哀顔を見ていると、少し切なくなった。部長である五十嵐は、演者と脚本家の間で部活が壊れないようにバランスを取ってくれていた。何度か演出で衝突した時も両者の意見を上手くまとめてくれていた。だから今回もなんとかしてくれると、情けないことに期待していた僕がいた。演者側が十五人。裏方が七人。部活を統括するのは五十嵐一人で、脚本家は僕と後輩の二人だった。数的不利、しかも圧倒的に。
 要は部員の演者たちは、僕の脚本を演者が求めていない。
 僕の脚本がつまらないと言われているような感覚は、全てを否定されている気分に陥ってしまう。同時に苛立ちが顔を出す。
「受けてくれないなら、山本に脚本任せるんだけど……」
 歯切れの悪い脅し文句を聞いて、怒りが沸点を越えた。
「ふざけるな」
 僕が発した声は怒気で染まり、ドスが利いていた。遠くの方でガラスが割れる音が聞こえた。目の前にいる五十嵐は悪魔でも見たような驚きを顔面で表現し、微かに身体は震えている。しかし申し訳ないとは思わなかった。僕が描いた脚本よりも山本が描く呑気な喜劇を優先するという愚かな選択を行使しようとする平和主義ぶった中間管理職に対して、初めて失望したからだろう。
「……ゴメン。少し考えてくれないか?」
 そう言い残して、伝票を持って五十嵐は席を立った。詫びの気持ちがさせた行動だろうが、それが心底ムカついた。お前がやるべき誠意の方法は、支払いをすることではなく、僕と一緒に企画を検討することだろうが。
 苛立った僕を残したテーブルに置かれたラークを手に取り、火を付けた。気持ちを落ち着かせるためだったが、二本吸っても高ぶった感情は継続している。このまま街に出て通行人と肩でも当たったら、即座に喧嘩してしまいそうだった。
 二本目のラークを灰皿に押し付けてから、呼び出しベルを押した。やってきた店員に「ビールを一つ」と言って、トイレへと向かった。普段ならカバンに入れておく脚本や創作ノートをテーブルに置きっぱなしにするくらいに、平常心を失っていた。
 五分もしないうちに席に戻ると、さっきまで座っていた席に人影が見えた。五十嵐かと思ったが、すぐに茶色に染まった髪を確認した。五十嵐ではない誰かが座っているという状況に、一抹の危機感を抱きながら席へと戻った。茶髪の男は、僕の脚本を静かに読みながら、何度か頷いている。
「アンタ、誰だよ」
 僕は創作ノートを男から引ったくり、少し強めの声で訊いた。脚本も記してあったが、中身は僕の頭の中そのものだった。友達が勝手に見ても良いものではないし、何より見知らぬ誰かが見るものでもなかった。
 タバコを吸いながら僕を見る顔には見覚えがあった。特徴的な切れ目、左耳で主張するリングピアスを見て、思い出した。目の前にいたのは、高校時代に臆病な僕の背中を押してくれた男、高杉だった。

文責 朝比奈 ケイスケ

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