給食【ショート・ショート33】

 12時の鐘が鳴る。工場に流れていた機械音が、徐々に小さくなっていく。何人かの作業員は、汚れた軍手を外して出口に向かって歩き始めている。目の前のベルトコンベアは完全に停止して、長かったような短かったような午前中の業務が終わる。50分業務の10分休憩のサイクルを3セット。なんだか筋トレのメニューに準じているスケジュールは、義務教育や高校時代の予定表と被る。あの頃は部活がメインで、授業なんてろくに聞いていなくて、寝てるか、携帯をいじっているかの二択で休んでばかりだから、参考にはならないか。
「長さん、飯行きましょ?」
 後輩が誘う声に手を上げて応えて、僕は身につけていた軍手を工場の入り口にある作業机の上に置いた。
「今日の飯、なんだか知ってます?」
 歩きながら後輩は口を開いた。どうでもいいような、それでいてどこか魅力的な質問だ。食堂に向かい歩く作業着姿の男達の背中が幾つも目に入る。
 僕が働いている工場から食堂までは少し距離がある。地元に根を張った企業としても有名な職場は、良くも悪くも人が多く、それを収めるための莫大な敷地を要している。歩いていると、野球場やサッカーグラウンドもあるから驚きだ。昔は今以上に栄えていたことが伺え知れる。でもIT企業とか上場企業とは一線を博す環境は、油と汗臭さが交わっていて、スタイリッシュなんて言葉とは縁遠い。でも本当の意味で日本を支えている。それが心地よかったりもするから、元来の日本人なんだと自覚してしまう。
「知らない。なに?」
「Aランチが焼き魚でBランチが生姜焼きですよ。これ、絶対Bランチ一択ですよね?」
 やけにテンションが高い後輩の姿を見ながら、これじゃ小学校の給食を楽しみにしているデブじゃないかと思った。その思いを体現するかのように隣に居る後輩は見事な肥満体だ。僕は湧き上がる笑いをかみ殺しながら、「オレは焼き魚かな。魚の種類によるけど」と言った。 僕の返答が予想外だったのか、後輩は目を丸くする。
「マジっすか? 肉より魚っすか? どれだけ健康意識してるんっすか?」
「油もん、堪えるんだよ」
 僕は腹部を右手で擦る。
「生姜焼きって油もんっすか?」
「さぁ?」
「長さん、そんなんだから不健康に細いんですよ」
 いや、お前は不健康に太いけどな。
「不健康なのは重々承知しているよ。これも辞めらんねぇし」
 ソフトパックのセブンスターを忍ばせた、少しだけ盛り上がった胸ポケットに軽く触れる。
「めっちゃ美味そうにタバコ吸いますもんね」
「実際、うめぇからな」
「オレには分からないです」
「吸わない方が良い」
「長さん、平成生まれなので、オレより五つしか年齢変わらないのに昭和のおっさんみたいな雰囲気ありますよね?」
「昭和に憧れを抱く稀少な平成生まれだからな」
 僕は昭和やバブルを知らない。この世に生を受け、意識を持ち始めた頃には消費税が試行されたし、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件や9・11のような未曾有の事件が起きたときだって、まだ小学生かそれ以下の年齢だ。
 気付けば、不景気、氷河期なんて単語がメディアで踊っていたからこそ、昭和という時代には惹かれるものがあった。
「今の方が便利なのに」
 後輩はスマホを取り出し、水戸黄門の紋所よろしく僕の前に掲げた。確かに、今の時代の方が便利だ。僕の同世代が有料コンテンツに頭を抱え、試金石になって生まれだ一大ムーブメントだと思うと、便利という言葉には些か嫌悪感を抱く。でも同時に発達しすぎたコンテンツを常識とリテラシーを持ってから触れることができたことには安堵している。後輩の話を聞いていると、ただでさ複雑な社会なのに、見えないルールが存在していることを踏まえないといけない窮屈さには耐えられない。
「便利では得られないこと、失われないことがこの世の中にはあるんだよ」
「そういうもんっすか?」
 思い出したくない記憶が頭によぎった。
「そういうもんだよ」
 食堂で宣言通りAランチを食べながら、ふとテーブルに置かれたトレイを見つめた。昔ながらの銀の食器、見覚えがあるのは思い出したくもない過去があるからだろう。
 僕にとって給食は毎日やってくる拷問のような時間だった。小学校六年間、昼休みなんて僕のスケジュールには存在しなかった。
 給食は食べきらないといけない。
 誰が定めたかすら分からない不透明で理不尽なルールが、僕の昼休みの時間を奪ったからだ。食べ切らなければ、食べ終わるまで休み時間は給食の延長。それが教育だった。給食を食べ終えた級友は、持て余した元気を吐き出すように、ドッヂボールをやりに校庭に走り出していく。その後ろ姿を羨ましくも、どこか否定的に毎日見続けていた。 極度の偏食。小学校の僕を体現する言葉は、食に関心が無いというスタンスに尾を引いている。仮に給食を全て食べないといけないのであれば、喜んで死を選ぶなんて大それた思想を抱く程度には、給食が嫌いだった。
 親が甘やかす。贅沢病。世界にはご飯を食べられない人もいる。十人十色の罵倒が僕を苦しめた。正直言えばそんなことは知らねぇし、ファミレスに出てくるパセリもちゃんと残さず食えよ、馬鹿野郎。罵倒に対しての憤りや苛立ちを主成分にした罵詈雑言を胸の中に溜め込んだ六年間。
 記憶に残っている完食は5回。全て食べられたことが教室上に話題になり、異様な盛り上がる様子は今でも鮮明に覚えている。おしつけがましい拍手と「すごいね」と子供を褒めるような上辺の言葉が気持ち悪くて、トイレで吐いた。あれは、まさに狂気の空間だった。
 給食を完食することで話題になる人間、それが僕だった。
 箸を動かし、名前も知らないようなメニューを口に運んでいく。焼き魚だって食べれるようになったのは十代後半だったし、望んで選択するようになったのは、ここ最近だ。
 主菜、副菜、汁物にデザート。栄養素を考えたいわゆる健康的な食事を完食するようになったことは、あの頃の僕からすれば間違いなく成長と呼べる。ハードルが低かったからというのもあるけれど、目を見張るほど顕著な変化だった。
「長さん」
 僕を呼ぶ声がした。声の主である後輩は、定食を食べたのにもかかわらずラーメンを食べようとしているから呆れてしまった。コイツは、間違いなく給食を残すことが事件になる奴だ。僕とは正反対の後輩を見ながら、味の抜けた美味くもない味噌汁を啜った。
 綺麗に食べ終えたトレイの上の食器は、僕が大人になったことを告げるような気がした。

文責 朝比奈 ケイスケ

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