蚊帳の外【ショート・ショート31】

 LINEの通知音が鳴り、僕は条件反射でスマホに手を伸ばした。
 携帯電話を高校生から持つようになってから、着信音にはひどく敏感で、その悪習は今でも健在だ。
 スマホを操作して画面を確認する。文章の代わりに届いていた人気漫画のスタンプが踊っていて、思わず落胆してしまったのもまた悪習の為せる技だった。スタンプは句読点。そんな考え方のせいだ。
 LINEが浸透する前、今では肩肘張る文章しか送らないメールが全盛期だった頃も、スタンプに変わるツールは存在していた。絵文字、顔文字、デコレーションメールことデコメ、文字を分解して記号や別の文字に置き換えることで一つのムーブメントを起こしたギャル文字など、コミュニケーションツールは時代に合わせるように変わっていた。今でこそFacebookやLINE、インスタと老若男女のツールは定着しているけれど、幾多の変貌を見てきていることもあって、いつか消えてしまうのだろう。だから、どんどんアップデートしていく文化を追い掛けなくなっている節があって、世の中との乖離、疎くなっていた。
 もう一度スタンプを一瞥してから画面を消して、ベッドに放り投げる。人間のコミュニケーションというのは、こんなにも面倒で退屈だったのだろうか。
 僕はソファーに倒れ込み、ぼんやりと過去を想起する。青春時代、誰かから送られてくるメールに対して、翻弄されていた気がする。今では見なくなった長文のメッセージ。一通に対して数円の金銭が絡んでいたこともあって、現代のやり取りとは重みが違った気がする。電話だってそうだ。昔は無料通話という文言には、ネオン街の煌めきのように夜に栄えていたことが懐かしい。カップルでわざわざPHSを契約して、無料通話時間という制限の中で夜な夜な言葉を交わしていたなんて言ったら、今の若者は笑うのだろな。
 クラスの一軍のステータスと言えるカップル専用電話を持ったことのないクラスの三軍だったから、なんとも言えないけれど。そんな僕でも夜な夜な電話回線を通して、壮大な風呂敷を広げて夢物語を語り合った奴がいた。馬鹿話から真面目な話まで語ったアイツと疎遠になったのは、ある意味必然だったのかもしれない。
 ソファーから手を伸ばして、食べ終えたカップラーメンの容器が鎮座するテーブルの上からテレビのリモコンを掴む。慣れた手つきで電源を入れると、すぐに暗かったテレビ画面に光が灯り、賑やかな笑い声が部屋に響いた。
 コンプライアンスだか視聴率だか知らないけれど、テレビ番組からお笑い番組が消えかけていた。子供の頃、どのチャンネルを付けても放送していたバラエティは影を潜め、クイズ番組や素人にスポットが当たる番組が増えた。この時代の変化をアイツみたいに読めていれば、こんな体たらくでその日暮らしの現実ではない明るい未来があったのかもしれない。
 なんだか過去の栄光に浸りそうになる。栄光と言うほど、賞賛されるようなことでもない。でも僕にとっては夢に向かって必死に走り続けた日々だ。
 客が誰もいない劇場に立ったこともあったし、「お前ら面白んない」と先輩にバカにされことも数知れず。でもスタンドマイクと考え抜いたネタを武器を信じてアイツと二人で板の上で戦い続けた。結果的にオンエアバトルで二週勝ち抜いたこともあったし、深夜のネタ番組に出演したこともあった。
 何十人の笑い声を耳にする快感は、高級な酒、上等な風俗で得られるそれとは比べものにならない。体験したことない人間では味わえない至高に酔いしれて、いつの間にか僕は狂い始めていたのかも知れない。その点、アイツは冷静で客観視に長けていた。何より、面白いことへの嗅覚は異常に発達していた。だから歯車が噛み合わなくなっていったのかもしれない。
 現実から背けるように、部屋の隅の三段ボックスに目を向ける。一番上の棚に置かれたトロフィー。僕らが勝ち取った称号であり、あの世界に僕がいたことを示すことのできる数少ない証明。
 テレビ画面では僕の横でツッコミ続けたアイツが、立派なスーツを着こなして、大御所芸能人から若手のアイドルが肩を並べる番組を呆れるほど見事に回している。
 アイツの今の相方は、かつての事務所が競わせていたライバルコンビと言えるボケ担当だった。僕が嫌いに嫌っていた才能の塊みたいな奴。正直なことを吐露すれば、その才能に嫉妬したことは無かった。僕の方が面白いと本気で思っていた。この感情を言語化すれば、若さ故の過信、尖っていたとでも言うのだろうか。ただ、ゴールデンの番組でアイツの横に立って、コンビとして社会に認識されている。嫉妬で身が焦げそうだ。
 僕が信じたアイツの才能を活かすことができなかった。その無力さと新たな相方がアイツをの才能を最大限に活かして、開花させている事実が交わう。最低のカフェラテだ。飲んだら死んじまいたくなる。
 弱々しい気持ちを抱きながら、力強く電源ボタンを押した。
 静かになった部屋にまたLINEの通知音が響いた。現実は残酷で何よりアイツみたいに素直だ。
 ずっと変わらないままの自分と決別するかのように、僕は初めてスタンプを購入して送った。少しだけ肩の荷が下りた気がした。

 文責 朝比奈ケイスケ

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