青春ラジオ【ショート・ショート29】

 キーンコーン、カーンコーン。
 聞き慣れたチャイムが、スピーカーを通して狭い教室内に鳴り響く。
 三上教諭が教室を出ると同時に、僕は机に掛けたカバンを持って、ダッシュで校舎を移動する。週二回のルーチンが染みついた身体は、空腹でエネルギー不足なのによく動く。燃料切れ間近、軽さを感じる脚力がグラウンドでも発揮できればいいのに、なんて自嘲しながら、一気に階段を降る。階段ダッシュの成果が顕著に表れる瞬間、僕は少しだけ満ち足りた気持ちになる。多分、努力の断片が垣間見れるからだ。
 目的地の扉を開けると、理科室や家庭科室のように校内でも専門設備に特化した空間が僕を向かい入れる。見慣れた始めた光景、戸惑った時期もあったけれど、今では何も考えずに部屋の奥へと躊躇なく進むことができる。
 防音設備で囲まれた部屋を横目に窓際の机にカバンを置く。授業中に用意した台本を殴り書いたノートを開き、主役達が来るのを静かに待った。
 放送室はラジオブースをモチーフにしている気がする。実際に放送局に行ったこともなければ、入ったこともないから想像の域を超えることはない。でも僕が深夜ラジオを聞きながら、パーソナリティがしゃべる軽快なトークに散りばめられた情報を整理すれば、僕の想像が具現化された空間が目の前に確かに存在している。
 マイク、ヘッドフォン、防音の壁、音漏れしないアクリル板のような透明なガラス、時代を感じる古びた機械装置、そして僕が書いた台本。貧困な想像力から導けるのは、この場所は立派なラジオスタジオということだった。
 ガチャン。
 扉が開くと音と同時に男女二人が室内に入ってくる。
「早過ぎだろ、廉。どんだけダッシュで向かってんだよ」
 呆れて笑う表情には愛嬌があって、将来どんな仕事、環境に属してもそれなりの成果を上げるのだろうと思わせる。
 うるせーよ、と僕が口を開く前に可愛らしい高さの声が制した。
「廉君が遅刻してたら、それはもう事件だから。雅人君も見習った方が良いよ」
 ほんのりと茶色に染まった長い髪をシュシュで結んだ彼女は、凜とした表情で言う。
「あおいは廉に肩入れし過ぎだ。そんなこと言ってると、純太が嫉妬するぞ」
「純太には廉君の真面目さを少しは見習って欲しいよ」
 胸がドキマキする。どんなに飲み込んでみようと試みても、あおいへの好意は変わらず、あおいから肯定されれば、おもちゃを買ってもらえたガキみたいに機嫌は良くなるし、比例して気分も良くなる。遠くから見ていた片思いの相手が近くにいて、僕という存在や個性を認識してくれる。少し前ならありえない話で、こんな幸せな展開を作ってくれたアイツには感謝の言葉でいっぱいだ。もしも、あおいと付き合っていなければ、もっと純度の高い気持ちになるだろう。
 思春期に抱く感情を因子分解すれば簡単なものであり、言語化すれば素直だ。思春期が複雑で難しいと誰もが口を揃えて言う理由は、偏に他の人間が持つ能力を鑑みて、自分と比較してしまう点にある。本来ならアイツに嫉妬できれば、積もり積もった感情を惜しみなく吐き出せる。分かっている。でもアイツに対してはそれができない。嫉妬するできるほどの距離にいないこともあるけれど、何よりアイツの持っている才能に惚れ込んでいる負い目があるからだ。
 やる前から負けている。不条理に天を仰いだところで、今があるのはアイツのおかげだ。それは紛れもなく事実であり、変わりようがなかった。
「そういえば、純太は?」
 僕の心情を知ってか知らずか、雅人は僕と同じように窓際の席にカバンを置き、レジ袋に入った紙パックをいじりながら声を出す。透けて見える青いパッケージからミルクティーだと推測できた。
「四時間目、教室にはいなかったよ」
 あおいは冷静に答える。この時間、純太がいないことは僕がダッシュすると同じ同義だった。
「オレならいるぞ」
 やけに通る透明感のある綺麗な声が耳に届く。
 倖田來未を彷彿とさせる黒と金のメッシュで染まった髪型の純太が、放送室の扉を開けていた。物語の主人公らしい登場、純太にはよく似合っていた。
「んじゃ始めるか。廉、ネタとスケジュールちょうだい。あおいは放送の準備。雅人は寝てろ」
「なんでオレは寝てなきゃいけないんだよ」
「別にオレ一人で事足りるし」
「いや、ダメだろ。雅人が裏回ししてくれてるおかげで純太が活きるんだよ」
「ったく、新参者が活き活きしてんな。少し前まで根暗な少年兵だったくせによ」
 純太は右手で頭を触る。どうやら僕の坊主頭をいじっているようだ。
「根暗な少年兵には根暗な少年兵にしかできない戦い方、物事の見方があんだよ。深夜ラジオフリーク舐めんなよ」
「深夜夜更かししてるから、廉はレギュラーになれないし、テストの点も低いんだよ」
 お前より点数低かったことないし。僕の気持ちを代弁するようにあおいが言う。
「テストに関しては、廉君成績いいんだよ? むしろ赤点だらけなのは純太の方じゃん」
「うるせー」
「それじゃ、雅人準備よろしく。このバカをちゃんと操縦してくれ」
「はいよ。ほら行くぞ、メイン」
「誰がバカだよ」
「お前だよ」「純太」
 二人の声が混じり合う。僕は黙って頷いて、ノートを雅人に渡した。さぁ、これから始まる。僕らのラジオ。最高の遊びの時間だ。

文責 朝比奈ケイスケ

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