まぼろしの卒業式【ショート・ショート28】

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密かに抱いた目標は誰も予想しなかった
鋭角な角度で中止を余儀なくされた。
私を含め、多くの友達から希望を奪ったことなんて
気にする余裕のない世間が憎たらしかった。
リビングのテレビで流れていたニュースを見ながら
「ほんと、最悪」と呟いてしまった。
ソファーに腰掛けていた父は、私の声に
気付いたようで首だけを動かした。
振り向いた表情は少し残念そうで
父親も何か思うことがあるのかなと勘ぐってしまう。
テレビ画面にはマスクをした多くの人が
ドラックストアに長蛇の列を作っている映像と共に
抑揚のない女性アナウンサーの声が流れている。
「お父さん」
残念そうな父親の表情が気になって
思わず声を掛けてしまう。
「なんだい?」
普段と変わらない柔らかな声は心地よい。
「お父さんの卒業式ってどんなだった?」
「ヤンキーがバカ騒ぎしてたよ」
「・・・・・・」
予想外の返答に言葉が出ない。
「でもな、いい卒業式だったよ。
先生に楯突いていたヤンキー達も
泣いてたし、色々と印象的だったな。それに・・・・・・」
父親は、思わせぶりに言葉を切った。
昔から変わらない口ぶりにはイライラするけれど
いつからか私も父親の口ぶりが移っていた。
美結に指摘されるまで気付かなかった。
「母さんに勇気を出して告白した記念の日だ」
また、予想外なことを口にされて返答に困る。
「でもお母さんと付き合い始めたのって
大学生の頃じゃなかったっけ?」
父親は酔っ払うと必ず母親との話をする。
両親が仲が良く、今でも恋をしているような
関係性は娘としては嬉しいけれど
友達との恋バナみたいなテンションで
話されるのは、正直困っていた。
しかも真っ直ぐな少年みたいな目をして
何度も話すから、付き合った経緯について
私はしっかりと記憶していた。
「付き合ったのはな。告白って言っただろ」
「ということは?」
「ご存じの通り、見事なまでに玉砕だよ。
でもな、母さんに想いが伝えられた。
その時はフラれても構わないって
思っていたから伝えられたことで満足だった」
酔っていない父親の言葉には熱がこもっていて
聞いている方が恥ずかしくなる。
「でも、今は結婚してる」
「あの時、告白してなかったら
多分、母さんとは結婚してなかっただろうな」
「そういうもの?」
「そういうものだよ」
ガチャン。
私たちの会話に割り込むように
ドアが開く音がした。
「美奈ちゃん、何話してたの?」
「別に何でもないよ」
誤魔化したのは、母親からの話を聞いたら
明日あったはずの卒業式への未練が
更に強くなってしまいそうだったからだ。
「ねぇ友也さん、手伝って」
まるで付き合いたてのカップルのような
甘えた声で父親に声を掛ける。
母親の両手はスーパーで買い物した
野菜などが入ったエコバックで
塞がっていた。
「だから言っただろ? 一緒に行くって」
「友也さん、仕事帰りで疲れてると思ったから」
「いいんだよ。買い物でもデートできるし」
「それじゃ今度は一緒に行こうね」
母親は少し頬を赤らめている。
父親もまんざらではない表情だ。
でも娘である私の前で話す内容とは
思えないほどの甘いやり取りが
恥ずかし過ぎて急ぎ足で
自分の部屋へと戻った。
理想的な夫婦だと思うし
誇らしいけれど、少しは自嘲して欲しかった。
部屋に戻って、私はベッドに身を任せた。
壁に並べて掛けた制服とスーツが目に入る。
今の私は女子高生と女子大生との境界線にいて
卒業式は区切りの為には必要不可欠だった。
中学の卒業式には抱かなかった感情が
芽生えているのは、上京するということが
恐らく強く影響している。
誰も私を知らない場所に行く。
テレビでしか見たことのない東京で
もう少ししたら暮らすことになる。
だからこそ、ちゃんと区切る必要があった。
新たなスタート地点に立っていることで
別れの儀式の重要性が身に染みて分かる。
この街は大好きだ。友達も大好きだ。
でも夢を追い掛けるには
東京に出ないといけない。
そんな使命感のような感情が
私を受験勉強に集中させたことを思い出す。
部屋の隅に置かれた参考書と問題集の山。
勉強漬けの日々は思い出したくないけれど
私にとって大事な時間だった。
ピロリン。
マヌケな短い音が部屋に響いた。
身体を起こして机の上に置いたままだった
スマホを手に取る。
LINEの通知が届いていた。しかも複数。
美結からのカラオケの誘いの他
クラスのグループLINEが盛り上がっている。
そのトーク一覧の中に違和感を抱く
通知が一つ届いていた。
予想外の彼からの連絡に戸惑いながら
トーク画面を開く。
「明日、桜見に行かない?」
同級生とは思えない誘いに笑ってしまった。
少し迷って、返信する。
片思いしている彼の親友の誘い方は
今までで一番惹かれる文言だったから。
返信を送って、父親の言葉を思い出す。
「もしかしたら、私はお母さんに似るのかな?」

文責 朝比奈ケイスケ

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