趣味の話。

多様な娯楽で溢れる世の中。
限られた空間で共通の趣味を
持っている人を捜すのは結構大変だ。
人の嗜好は、十人十色であると実感する。
かれこれ、三十年程度の人生を歩んできて
その難しさは身をもって知っているつもり。
ジョハリの窓じゃないけれども
自分から見える自分と
誰かから見える自分との誤差は
確かに存在していて、そのギャップに戸惑う。
どうやら傍から見える自分と
ボクの趣味、いや人生において
絶対に欠かすことのできない事柄である
「野球」と「小説」は繋がらないらしい。
高校・大学まで野球をやっていて
今も草野球を続けていると口にすれば
大抵、驚かれるし、かなり意外らしい。
(じゃあ、何が相応しいのか?と問いたくはなるが)
この二つに事柄について同じ熱量で話ができる
知り合いというのは、指で数えられる程度。
奇跡的に両方の話のできる友人とは会っていない。
野球については、色々な媒体の発展によって
絶対的な地位が失われていることがあるのかもしれない。
子供の頃、野球中継はゴールデンタイムで放送され
チャンネル権を握る父親の影響だろうが
興味が無くても見る機会があったと思う。
その結果、野球を知らなくても巨人の選手は
知っている人というのは多かった印象だ。
でも今はゴールデンタイムで放送されるのは
オールスター、日本シリーズ、WBCなどの代表戦くらいで
ペナントレースが流れることは、悲しいことに殆どない。
(視聴率という概念の余波であることは知っているから
競馬とゴルフの支持層の多さには感服せざるを得ない)
サッカー、バスケなどにはプロリーグが存在し
その支持層が増えていることは良いことであるとは思う。
あとは高校野球。僕はあまり好きではないし
自ら進んで見ることは皆無だ。
そんなこともあってプロ野球の話で盛り上がれる人は
身の回りにいない、たまに消化不良に陥ってしまう。
(まぁ二軍戦でも見に行く僕が熱狂的なのかもしれないが)
贔屓としてカープを応援しているが
そもそもプロ野球というもの自体が好きだから
12球団どのチームが話題でもそれなりに付いていける。
でもそういう人は稀有のようだ。
小説についてはもはや絶滅危惧種?と問いたくなるレベル。
大学生の一日の読書時間が0分という
少し悲しくなる調査結果も出るくらいだから
ある意味、仕方がないことなのかもしれない。
(多分、読書よりも大事なものがあるのだろう。
それはそれで本当に羨ましいことである)
その延長線上に社会人があるから
そりゃ読書なんてしないよね、分かります。
東野圭吾や村上春樹などは伝わっても
朝井リョウが伝わらないこともある。
(朝井リョウが好き過ぎるのだろうか?)
ボク自身、知らない作家、読んだことのない作品の方が
圧倒的に多いので、偉そうなことは言えないけれど
本の話で盛り上がった記憶は、例外を除いて殆どない。
そもそも読書は個人の対話だから共感を得ることに
比重が掛からないジャンルなので、構わないけれど。
例えば「何読むの?」と聞かれた際に
「今は○○を読んでます」と答えれば
キョトンとした顔をするのは止めてほしい。
少なくとも「読んだことない」とか「知らねぇ」という
スタンスくらい言葉にしてほしい。
表情でものを語るな、と思う機会は正直多い。
これは好きなことなので敏感なだけでなのは自覚しており
僕自身、興味のないことに関しては無関心なので
本当に自分のことは棚に置いて状態である。
後は音楽。
これは本当に噛み合わないし
意外性が露骨に表れてしまうから難しい。
分かりやすい大枠があるから本来であれば
話の手がかりとしては有益なものである。
かつてメタルバンドとか聞いていそうという
驚きの角度の発言を受けた経験があって
音楽とパーソナルというのは繋がりが強い。
(何故、メタル系だったのか心底謎だが)
大人しく見える人がハードロックが好きだったり
活発に見える人がジャズを聴いていたりと
音楽は、その人の意外性を引き出すジャンル。
今は日本語ラップを聞いている。
どうやら言葉に心酔している傾向があるようだ。
その延長戦上、今一番聞く機会が多いのは深夜ラジオ。
もっと広がってほしいと思う。
……こんなことを考えていると外と内で顔を使い分ける
自分が見事なまでに浮き彫りになる。
なんかめんどくさいな。

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