2019年2月13日の戯言

立春も経て、暦の上では春。
プロ野球も二次キャンプに突入し
そろそろ春の足音が聞こえてきそうだ。
でも朝晩の冷え込みは相変わらずで
凍える中で、ロードバイクのペダルを回し
深夜のラジオ番組を聴きながら
職場へと向かう無機質な日々を継続している。
「安定」という言葉がフィットしそうな
凹凸の少ない時間軸は、何かを奪い去っていく。
それが何なのか、イマイチ掴めていないけれど
日々疲弊ししていく心身を保持する僕が
存在している限界水域なのかもしれない。

「仕事」
何故、仕事をしているのか。
それを自分の言葉で紡いで
説明できるのかと考え始めている。
答えはノーだ。
見事なまでに社会規範に則って
現状に言い訳をするかのように
補足説明を加えて体裁を保っている。
仕事をすることで得る事柄が
当たり前になっているからだと推測する。
大抵、大事なものは失ってから気付く。
誰が言ったか分からない手垢だらけの
名言が頭に浮かぶ中で、問いかける。
何故、仕事をしているのかと。
歯車であることを自覚しつつも
敢えて、その場所にいる。
恐らく意味を探しているのだろう。
人生とか生きる理由とか
そんな曖昧かつ抽象的な概念について
向き合い続けた負の遺産が為せる技は
どうやら今でも心身を毒しているのだろう。
その結果というべきか、抱えた課題のせいか
対人関係がメインの仕事に従事していく中で
「人間」というエゴの塊についてまで
設問は広がっていくから、頭が痛い。
あれがやりたい。これがやりたい。
現実的な状況を踏まえれば
希望は叶うべきだと思うけれど
叶えるために障壁になっているのが
自分自身の行いであることに気付かないまま
権利、主張を振りかざしている様子は
ネットニュースの陰湿なコメント欄を
具現化しているようにすら見えてしまう。
他人の振り見て我が振り直せ。
自分の襟を正しながら思う。
いや、それ我がままだからね、と。
ニュースなどの情報媒体が偏った情報を提供し
或いは切り取った情報に踊らされているかのように
自分に有利な情報を水戸黄門の紋所よろしく
見せつけてくるあたり、嫌悪感しかない。
危機的状況に陥った際ばかりに文句を口にし
そうではない状況では口を慎む。
悪しき美徳を優先するならば
そもそも日頃からアプローチすればいいのでは?
冷静に思ってしまうけれども
刷り込まれた価値観が邪魔をしているようだ。
Aという希望を叶えるのであれば
それ相応の責任を背負えとは思う。
そういう人が減ってきているみたいだ。
多様性の世の中で、生きてく術なんてのは
無限大に存在しているのだからこそ
そこにしがみつく理由なんてないのだから。
考えていくほどに、自分の甘い思考回路が
顔を出しては僕をあざ笑う。
あぁ、彼らは僕自身の鏡か。
同じ穴のムジナであることを認めつつ
もう一度、考えてみる。
何故、仕事をしているのか、と。
答えが出ないうちは、多分変わらない。

壊れるのが先か。
答えにたどり着くのが先か。

文責 朝比奈ケイスケ

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