2019年1月31日の戯言

気付けば、もう一月も終わる。
新年の鮮度が急激に落ち込んで
見慣れた景色ばかりで溢れる日常は
ビザが切れて、強制送還の運命を辿る人みたいな
何とも言えない感情が巡るから頭が痛い。
この息詰まるような窮屈さの原因は
果たして何だろうか、と考えてしまうのは
相変わらずの悪い癖で頭痛持ちの気持ちを
ほんの僅かだけれども知った気になる。

変わり映えのない日々に生きることに
安堵感を抱きながらも変化の乏しさを
身をもって知っていく過程は
どこか退廃的で不健康そのものだ。
社会というシステムは理不尽に理不尽を上塗り
形式上成り立っているのだなと自覚する。
理不尽の中から隙間を探して
心を整えるなんて器用なことはできないし
愚痴をこぼしたところで世界は変わらないから
幾つものの不平不満という名の毒を吐き出さず
自分の中に貯めては、育てるといった悪循環だ。
この社会で生きるには、少しばかりの耐性が
欠如しているのかもしれない。
かといって特効薬はないからこそ
ひたすらに、愚直に、今を見つめる。
信頼できるものは基本的に自分という
価値観と判断力が残っているから
まだ救いはあるように思えてくる。
ただ、目の前に起きる現実を見つめていくと
まぁ大人ってのは思ったよりも大したことがない。
いつかに描いた大人との差に落胆するけれども
ならば自分が、なんて強気な顔が出るから
余計に問題は誇大化していく。あぁ、面倒だ。

文責 朝比奈ケイスケ

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