新年は変わり映え無く。

年が明けた。2019年だ。
単純に365日が終わっただけ。
新しい年に何かを期待したところで
日常は自転車のフォルムのように
普遍的であり、変わり映えなんてない。
見慣れた景色は安心感は抱くけれど
それ以上に焦燥感のほうが強い。
多分、非日常の副作用だ。
年末年始は懐かしい顔に会うことが増え
久し振りだからこその情報が飛び交い
そして僕の時間軸とは異なる時間軸が
確かに存在していることに気付く。
僕だけだった。
同じような時間軸で
ジメジメと生きているのは。

周囲との隔たりを感じては
無いものねだりを繰り返して
どんどん腐っていく日々に
終止符を打たなければならない。
なんて思うけれども
結局、何もしないのは
現状維持バイアスと呼ぶのだろうか。
生まれてこの方「選択」という
分岐点を上手く避けてきたきらいがある。
頑張るよりかは入れるところ。
根本に住み着くサボリ癖は
今更になって致命的だと自覚する。
後悔を繰り返すのは派生した結果であり
だからこそ夢ですら、僕を毒す。
敏感なんだろうな、冬の肌みたいに。
気付けば「選択肢」は減っていき
似通ったものばかりが乱立する
見慣れた景色を進んでいる気がする。
なんて言えばよいだろうか、
恐らくRPG系のゲームを自分で考えずに
攻略本に沿って行くみたいな感覚だろうか。
道筋よりも結果。
利己的で傲慢な側面は
時に狂気で、感情すら食い荒らす。
でも結果には道筋が必要不可欠で
ある意味、天才に憧れている節がある。
積み重ねの重要性は理解しているけれど
泥に塗れることを嫌う本質は
一言で表すのであれば、クズだ。
共存したクズがデカくなるのは
大方、人生での苦い経験の弊害と
体の良い言い訳を紡いでみるけれど
満足するのは一瞬、すぐに不満が飛び出す。
腹が減るくらいに面倒なシステムだ。
で、辿り着く答えはいつも一緒で
ミスチルの桜井さんもビックリするくらいの
物凄い高い壁を自分で設けているということ。
登り切った気持ちいだろうけれど
登ろうとすることすら拒否したくなる高さは
もう言葉にできない、自分で建設してるのに。

自己嫌悪とでも表記したら
上手く穴が塞がりそうな表現を乱用し
自分自身の本質から目を逸らす。
代わりに何者かになったかのように
物事をナナメから見たつもりで
個性、感性を爆発させている愚かさは
見苦しいし、全てを放棄したくなる。
でも反面、出来事を面白く編集して
話にしたいと思う僕もいて
パワーワードを今も探している。
さて、今日もぼんやりと文字を紡ごうか。
誰に掛ける訳でもない、自分へ向けての言葉を。

文責 朝比奈ケイスケ

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