12月6日(木)の戯言。

「自己肯定感」という言葉が
世間に流布されたのはいつだろうか。
【嫌われる勇気】が発行され
爆発的な売り上げを記録して
ベストセラーになった時期はいつだ。
アドラー心理学という概念を
耳にしたのは最近の話で
心理学を専攻していた大学時代には
耳にしなかった精神科医の名前だった。
フロイトやユングあたりの
古典的な精神学者の話ばかりを聞いて
退屈に感じたのは懐かしい思い出話だ。
今になって思えば、絵画療法の講義で
元カノとの悩みを見事に映し出されて
パートナーだった先輩が真剣な顔で
相談に乗ってくれた記憶を想起する。
恥ずかしいようで、どこか純粋で
臆病だった自分と比べて
今の僕は、少し変わった気がする。
あの頃、相談することに対して
躊躇いなんてものはなかった。
良くも悪くも信頼できる仲間や
心配してくれる先輩が
身近に居たことに甘えていた。
社会人になってすぐに
一人で世界と向き合わないといけない
今思えば、かなり過酷な環境に身を投じ
失敗を積み重ねてきた中で
色々なものを得た。
気付けば、入職後からずっと
一人で現場をけん引してきた。
代償は独りよがりな思考回路と
誰も信用できないという疑心暗鬼だ。
でもそうでもしないと耐えられなかった。
結果的に高校時代の尖り切った自分の姿と
淀んで歪んだ感情が暴れ出す有り様。
本当に救えないなと思う。
近くにいた仲間は、それぞれの道を歩み
そういえばもう半年くらい会っていないし
連絡も取っていない気がする。
家庭ができるとは、多分そういうことだ。
優先順位の入れ替えが発生して
僕のように変化の乏しい場合には
さして変わらないから、その誤差に戸惑う。
一人で戦うと決め込んでみたとこで
すぐに限界がやってきて頓挫。
救いを求めてすがるように
啓発本に手を出す時期もあった。
最近はその手の書籍は無数にあるから
適当に見繕って読んだけれど
何も収穫が無かった。
自己肯定感が低い日本人が多いと
エビデンスが高そうな理由ばかりを
明確に記載されているのに
解決策は決まって抽象的で曖昧だったから。
いや、結局社会のせいにしているやん。
その刷り込みから脱却して
自分を認めろって口を揃えてうたうけれど
それができないから困っているんだと
言いたくなったのは、正直なところ。
自分の存在を無理やり認めようとして
独りよがりになっていたらダメだと言う。
別に独りよがりがダメなことだというのは
気にしたことはなかったけれども
社会規範で論じれば、当てはまる気がする。
自分を認めて、誰かに優しくなんて
理想郷を求めるのは構わないけれど
押し付けるなとは言いたくなる。
結局のところ、意見の押し売り。
「黙れよ」声を大にして口にしたいわ。
否定の言葉がばかりが蔓延る社会の弊害を
なんとなく見た気がするし
それが日常の僕にとっては文句の言いようはない。
まさに自己肯定感が低いんだろうな。
でもさ、その言葉が有名になる前には
多分、そんなことは誰も思わなかった。
救われた人もいるだろうけれど
変な枠組みにぶちこまれて
嫌悪感を抱く奴だっている。
似非知識を持っている評論家気取りの
上辺だけで論じて、後者をより苦しめる。
障害だって病気だって
名前が付くことで助かる人もいるけれど
名前が付くことで苦しむ人もいる。
「うつ」の誤用が増えたのが顕著だし。

自分勝手で人に迷惑を掛ける人は
世の中にとってよくないことだと
社会は正論みたいにうたうけれど
自己肯定感の論理よろしく
押し付け感が凄いなと思ってしまう。
(論理の飛躍だとは理解してますよ)
確かに警察沙汰や怪我を負わせたりと
その類の迷惑は良くないことだとは思う。
でも自分勝手に振舞って誰かを傷つけるのは
ある意味、致し方が無いことじゃないかな。
明るい奴は悪気もなく暗い奴を傷つけるし
運動神経が高い奴は低い奴を傷つけるし。
その中で武器を探すのが、弱者の勝負なわけで。
何より自分勝手に生きることができない奴が
自分の人生を振り返る時に満足できるとは
到底、思えない。むしろ後悔するだろ。
告白しなかったことを後悔する奴みたいに。
そう考えると自己肯定感が高い奴って
大抵、好き勝手活きた時期があるんだわ。
学生生活にしろ、趣味にしろさ。
根拠のない自信を身に付ける機会に
誰かを傷つけながらも。
例えば不良が更生して立派に生きて
評価される社会だけれども
マイナスからゼロに戻っただけで美談。
プラスからゼロに向かっただけで醜聞。
この減点法、ふざけてるよね。
真面目な奴は、ゼロより先にいるのに。
そこには当たり前という色眼鏡があって
それから外れた奴を見下している。
結果、不良を赤子のような扱いをしている訳だ。
でも不良と呼ばれる連中は
好きなことを好き勝手にやっていたから
そこに芽生える根拠のない自信は強い。
最終的には、伸びしろ凄いよね。

自己肯定感の低いと言われる奴は
恐らく根の奥の奥で
ゆるぎないプライドを持っている。
それは高すぎると呼ばれて
敬遠されるし、捨てるようにと諭される。
それができたら苦労しないんだわ。
そしてもっと暗い世界に足を踏み込ませる。
まるで悪意に満ちた手で背中を押されたように。
一般論として、高いプライドは特に首を絞める。
誰にも頼れないし、自分の結果を低く見積もる。
結果、救われないデフレパイラル。
誰かの目を気にして、迷惑にならないように努める
成れの果ての姿。恐らく目は死んでいるだろうな。
使い勝手が分からないガラクタを手にする僕は
ぼんやりと今後について考える。

さて、どうしたもんかな。
最後の最後までロジックを欲するあたり
何か大切なものを見失っている気がする。

文責 朝比奈ケイスケ

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