結婚報告【ショート・ショート18】

発車のメロディがホームに鳴り響く。
未だに着慣れないスーツと光沢を失った革靴は
いざダッシュを求められる時には足かせに変わる。
走りにくい。
スニーカーか運動靴であればいいのにと
本気で思いながら階段を駆け下り
閉まろうとする電車の扉に一直線に進む。
同点の場面でタッチアップを試みた
三塁ランナーのようにがむしゃらに走った。
僕が車内に入ってすぐに扉は
プシュー、と音を立てて閉じた。
そして数秒後には動き出す。
どうやら間一髪のところで滑り込んだみたいだ。
荒くなった息を整えながら
空いている座席やスペースを探す。
思ったより電車内は混んでいないが
空いている座席はない。
仕方がなく扉の前のスペースで立ち止まった。
手に持っていたカバンを両足の間に置いて
扉の仕切板に身体を預けるように寄り掛かった。
以前は長距離走後のランナーのように
息を切らしている情けない姿を
他の乗客に見られていることに抵抗感があったが
社会人七年目になった今となっては過去の話だ。
気付けば、誰かの目を気にするよりも
自分のことを優先できる傲慢さが身に付いた。
呼吸を整えつつネクタイを左手で緩めながら
ポケットから取り出したスマートフォンを操作する。
LINEの通知や電話やメールも届いていない。
悲しさと嬉しさをブレンドした
複雑な気持ちを抱きつつ
ツイッターや贔屓にしている
スポーツの掲示板を巡回することにした。
フォローしている芸能人や
顔をも知らないアカウントの呟きを
スクロールしながら確認していく。
分かっていたが、取り立てて重要な情報は皆無。
唯一の癒しはフォローしているアイドルが
可愛い自画撮り写真を挙げていたくらい。
我ながら冴えないと思った。
掲示板では今日登板している
ベテラン投手への叱咤激励や
専門家のように解説した文字が踊っている。
ここでも収穫は無かった。
生産性が薄い事柄を眺めることで
時間を潰している自分に少し嫌気が差す。
気分を変える為に身体を反転させて、乗客を眺めた。
仕切板に寄り掛かって眠る若めの女性や
スマートフォンでエロ動画を見ているおっさん。
イヤホンから漏れる音楽に合わせて
小刻みにリズムを刻む
ストリート系ファッションの男性。
その誰もが疲れた表情をしている。
なんだか社会の縮図を見ているようだ。
乗っている電車の方向が
同じという共通点だけしかない集団を見ていると
この先の人生で関わることはないのだろうと思った。
人との出会いは奇跡だと言っていた中学時代の担任が
語っていた話を鵜呑みにすれば
この状況もそれに該当するのだろうか。
「だとしたらクソみたいな奇跡だな」
右手に持っていたスマートフォンが二回震えた。
LINEの通知だ。すぐに画面を確認すると
真っ黒なバックの中心に
緑色で囲われたメッセージが浮かんでいる。
スタンプのせいで送った内容は確認できなかったが
送り主は滅多に連絡を寄越さない
高校時代の同級生からだった。
経験則で内容は予測できる。
無視しようかとも思ったが
万が一を恐れてメッセージを確認する。
『おう。久し振り。元気か?
この度、私近藤光則はかねてから
付き合っていた山本京子さんと
結婚することになりました。
6月13日に結婚式、披露宴を挙げます。
正人にも参加して頂きたくご連絡しました。
ご都合のほうはいかがでしょうか?
ご連絡お待ちしています』22:57
結婚報告及び結婚式への招待の連絡は
ここ一、二年で増加している。
滅多に連絡しない奴からのメッセージは
大抵この手のもの。自然とため息がこぼれる。
かねてから付き合っていたとか知らねーし。
砕けた文と敬語が混在した頭の悪さが
露呈している気持ち悪い文章を
送り付けられる身にもなれよ、バカが。
ってか、卒業後一度も会っていないのに
招待する意味ってなんだよ?
オレは友達が多いという
相手側の関係者に向けての見栄の為か
それとも結婚式に使った金を
少しでも回収しようとする努力か?
 一般的に捉えれば
幸せな報告だということは分かっている。
でも幸せには相応しくない
真逆の辛辣な言葉ばかりが頭に浮かぶ。
これを嫉妬と呼ぶのであれば
嫉妬なのだろうけれども
全くといって羨ましくないから不思議だ。
むしろ嫌悪感を抱く。
プレパラートより薄い
表面だけの関係性だったのに
こうした場面では
かも仲の良かった友人みたい顔で
すり寄ってくる所作に
吐き気すら覚え、ため息がこぼれた。
少し間を空けてからメッセージを送る。
『ご結婚おめでとうございます。
結婚式に出席したい
気持ちでいっぱいなのですが
別の人の結婚式に招待されているため
出席できません。
折角、誘っていただいたのに
申し訳ありません。』23:02
敢えて砕けた文章では無く
できるだけ丁寧語を用いて
嘘の理由で断りを入れる。
砕けた文を入れずに返信すれば
人間関係においての
距離感を演出できるからだ。
また社会常識に則っているから
否定される理由もない。
複雑怪奇な日本語の
数少ない素晴らしさだ。
そして日本語の柔軟さや便利さを実感する。
仮に目の前で僕がこの文章を音読すれば
人工知能の音声ガイドよりも棒読みだろう。
それに本当なら祝う気持ちが
一ミリも湧かないので出席しません。
そもそも結婚式に呼ばれるような関係性だっけ? 
こういう時だけ友人面して招待すんなよ、バカたれ。
なんてという悪意に満ちた本音を
掴んでくれるのではないかと
生産性のないことを抱いた。
ふと窓を見た。
移り行く景色をバックに
死相のような表情を浮かべた
冴えない僕の顔が映っている。
これが人生というのであれば
早々に下車したいと本気で思った。

文責 朝比奈ケイスケ

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