深夜のコインランドリー【ショート・ショート15】

腕時計の針は0時を示しいている。
昼間の喧騒とは異なる
ドリルでアスファルトを砕く
騒音レベルの道路工事の音と
昼間の太陽にも負けないくらいに
明かりを灯す照明が秋夜を彩る。
僕はコインランドリーの入口へと繋がる
短い階段に腰かけ、読みかけの小説を片手に
タバコをふかしていた。
「あと、どんくらいかな?」
タバコを吸いながら店内に戻る。
近頃増えた空き地を有効利用しているような
立派で綺麗で、ドラム式洗濯機や
乾燥機も豊富に用意されている店内ではなく
一般的な洗濯機が3台、乾燥機が7台が置かれ
最低限の清潔感を保つような空間だ。
洗濯機の横に置かれた本棚には読みつくされて
ボロボロになった週刊誌が数冊並んでいる。
乾燥機の前には飲料メーカーのベンチがあり
入り口横には洗濯物を畳めるように用意された
大きな作業台が存在を主張している店内。
立ち止まって、レトロ感が漂う空間を眺めてから
洗濯物を入れた乾燥機の前へと向かい歩き出す。
『13分』と赤い文字が電子盤に刻まれている。
僕の利用している乾燥機以外にもう一台
リズミカルに動きながら洗濯物を乾かしている。
その前のベンチの上には見覚えのあるカゴがあった。
思わず、残り時間に目が行った。
『10分』
表示された文字に胸が少しざわついた。
「ったく、これじゃストーカーじゃねぇか」
呟いた声は、二台の乾燥機の音にかき消された。

彼女に出会ったのは、三か月前だった。
本棚に置かれた雑誌がまだ綺麗で最新版だったから
未だに覚えていると言い聞かせているけれど
実際は、ドラマチックな出会いだったからだろう。
その日の僕は作業台の上に腰を据えて
本屋で買った小説を読んでいた。
あまり小説を読んできた人生ではなかったけど
社会人になったから少し大人になろうと
意気込んで手を伸ばした一冊。
活字を追うのなんて、久し振りだったから
想像力なんて働くわけもなくて、それどころか
登場人物の名前がごちゃごちゃになって
何度も頁を戻して、渋滞の高速道路みたいに
のろのろと進むように読んでいた。
「小説、お好きなんですか?」
女性の声がして、思わず顔を上げる。
視線の先には笑顔を浮かべる女性が立っていた。
「えっ、あっ」
人間は予想外の場面に遭遇すると
言葉が上手く出ないようだ。
「ごめんなさい。いきなり声かけてびっくりしましたよね」
彼女は申し訳ない表情を浮かべている。
「いえ、すんません」
何かと謝ってしまうのは、僕に染み付いた悪い癖だった。
「あんまし読まないんですけど、興味があったので」
正直なことを告げるのは憚れ、薄いオブラートで
誤魔化すように答えた。
「だと思った」
申し訳ない表情を彼女はどこに行ったのだろうかと
戸惑ってしまうくらいフランクな返事だったし
表情は初めて見た笑顔に戻っていた。
咄嗟に少しでも良い印象を持たれたいと
オブラートに包んだことを
あっさりと見破られてばつが悪かった。
「だって、何度も頁を行き来してるんだもん。
それに読書が好きって感じもしなかったし」
初対面、しかも深夜のコインランドリーにいる男に対して警戒心もなくよくしゃべる人だなと思った。
「今、よくしゃべる奴だなって思ったでしょ?」
見事なまでに本音を突かれて、言葉を見失った。
「いえ……いや、確かによくしゃべるなと思いました」
「君、表情に出すぎ」
彼女は笑いながら言った。
すいませんと言いながら、よくわからないけれど
彼女につられて僕も笑っていた。
「今、君が読んでいる小説は面白いから
絶対最後まで読んだ方がいいよ」
店内に感想終了の音が響いた。
僕が使っていた乾燥機から鳴っているようだ。
「乾燥終わったみたいだよ」
彼女は動きが止まった乾燥機を指さしている。
まるで終わったから行きなよといわんばかりに。
実際、そんなことはないのだろうけれど
物事を悪く捉える癖も僕にはあった。
僕は立ち上がり、歩き出す。
ドアを開け、乾いた洗濯物を適当に
持ってきていたカゴに詰め込んだ。
数時間前まで泥だらけだった作業着は
汚れが落ち綺麗になっていたし温かかった。
「それじゃ、帰ります」
彼女に向け、頭を下げて外に出ようとした。
「次会ったら、その小説の感想聞かせてね」
そう言った彼女は、視線を手元の小説に向けていた。
僕の読んでいるタイトルと同じだった。
「読み終えて、会えたら伝えますね」
平静を保ったつもりで、店を出た。
この時には、手に持っている小説を読み終えることを
至上命題として頭に刻んでいた。
そんなフィクションみたいな出会いが始まりだった。
二週間後に再びこの場所で彼女に会って
ちゃんと彼女からの渡された宿題を提出した。
「そういう感想抱くんだ、意外」
拙い感想を話終えた僕の顔を見ながら
彼女は不意に言った。
「次はね、この小説を読んでみて」
彼女から手渡された小説は、何度も読み返しているようでところどころ汚れていたし、頁が折れていた。
「それじゃ次会った時に返してね。感想も忘れないように」
まるで夏休み前の教師と生徒みたいな関係が
自然と僕らの中で出来上がっていた。
でも僕は彼女の職業も名前も知らなかった。
彼女も僕の職業も名前も知らない。
ネットの掲示板を匿名で好きなことを言い合う関係性をリアルで顔を合わせて編んでいることが不思議だった。
それにメールやLINEがない、そもそも携帯電話もない
昭和のアナログチックな関係性は初体験で新鮮だった。
顔と声、あと好きな小説、使っている洗濯カゴしか
知らない彼女に僕はまぎれもなく恋をしていた。
「こんばんわ」
彼女の声が後方から聞こえた。

文責 朝比奈ケイスケ

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