平成最後の8月最終日は、免許更新で過ぎ去っていく。

「岐路に立っている」
車通りの少ない深夜の側道を
電話しながら散歩しているときに
弾き語り屋から言われた。
僕自身、その事実はぼんやりと感じていた。
ただ、それを『他者』の『言語』で
伝えられると、脳天を打ったような感覚が
全身を駆け抜けていった。
同時に「あっ、ヤバい」と危機感も追いかけてきた。
彼との会話は十代頃からおおよそ同じようなものが
メインに座り込み、その周りを年齢に応じた内容が
囲うように座っている。進学やら就活やらバカ話やら。
今となっては「起業」「旅」「結婚」なんてのが
もっぱらの話題だったりするからこそ
不意に「彼女が欲しい」と話していた十代の頃が
懐かしいと思ってしまう場面があったりする。
彼の話す言葉は内容は変われど、本質は15歳のままで
ブレない芯が確実に存在していることを感じてしまう。
(僕は、大人になってしまったのだろうかと不安になる)
でも、僕も彼よりも変わっていない本質があって
それは厄介なことに特効薬のない難病『自意識過剰』であり
日々、こじらせていくのを肌で感じている。
例えば「恋愛」について。
付き合っていた女性がいたのは二年前。
カープが25年振りに優勝した年の話だ。
(東京ドームの盛り上がりが懐かしい)
それから現在に至るまで、見事なほどに浮いた話がない。
いや、正確にはあるけれど、彼女という存在が
僕の心の寄り処になることはなかった。
それどころか、一緒にご飯や飲みに行っても
1~2時間で、その空間に飽きを感じることが増えた。
単に合わなかった、興味がなかった、と言えば
全てが綺麗に収まることは理屈では理解しているが
いざ、自分のことになると普段使う武器が機能しない。
それにとって代わって、独りを楽しむ術を
まるで最新型の掃除機のようにどんどん取り込む自分がいる。
27歳あたりから急速に始まったと思われる。
けれどほどんど意識していなかった。だが気付けば
深夜の高速道路を突っ走るスポーツカーみたいな勢いで
「結婚できない男」の主人公桑野信介へとつながる
階段を上っている自分がいるわけだ。
隣に驚くほどかわいい女性が住んでいるわけでも
かかりつけの病院に魅力的な美人が担当医がいるわけでもない。
義理の弟の浮気隠しに若い子とデートするわけでもない。
「結婚できない男」エピソード0みたいな状況は
客観的に観れば、かなり危険な状態なのだろう。
仕事も地雷原を慎重に歩くようなことばかりだから
必要以上に神経を酷使し、疲弊している。
休みに何かしようにも体力は赤ゲージかつ
出不精な性格も相まって、見事なひきこもり生活。
恐らく、約7年目に渡る独り暮らしの功績として
全ての娯楽が自分の部屋に溢れているからだろう。
深夜ラジオを流して、椅子に座り、ぼんやりとしながら
考え事や140字小説のテーマを探したり、読書したりで
時間が過ぎて、気付けば夕方。なんてのがここ最近の休日だ。
独りを好む。なんて綺麗に形容できたら素晴らしいのだが
誰かを入り込ませるスペースがないだけの話。
これならネットを介してやるゲームをやりながら
見知らぬ誰かとチームを組んでチャットしていた方が
まだ健全なんだろうな、とか思ってしまう。
誰かを入り込ませるスペースを作っていないのに
生粋の寂しがり屋が顔を出すから、もう頭の中はカオスだ。
独りで深夜の海に行って、タバコを吸うこともあれば
嫌悪感のある某SNSやイベントに参加してみようかとか
半ば本気で考えたりすることすらある。
(結果は参加することはないのだけれども)
そんな最近はレイトショーに通っている。
気になる作品が連発して封切にしているだけだが
それでも8月は3回ほど夜の映画館に行ってきた。
近所に映画館があるということの素晴らしさを
噛み締めている反面、相性の悪さも感じている。
(それは街の本屋にも該当する話なのだが)
価値観にズレが生じているのだ、悲しいほどに。
メディアでこぞって取り上げる超が付くほどの
話題作は何度も上映しているのだが
個人的に気になるタイトルが並んだことは
見事になかったりする。(嫌われてんのか……)
まぁ個人的な事情はともかく一人レイトショーは
どちらに傾いているかと尋ねれば、それは桑野コース。
さて、どうしたものか。
「結婚する努力をするか」「独りを楽しむか」
この選択を自分がすることになるとは
正直言って、夢にも思っていなかった。
(今の歳には結婚している思っていたわけだし)
いかに人生の歩き方が下手くそな僕でも
彼女がいた時はあったし
適度に社会に馴染む仮面も持っている。(と思っている)
独りを楽しむことはその瞬間は楽しいけれど
後々、後悔という化け物と顔を合わせることも
経験則で持ち合わせている。(現在そうだし)
そんなときに手に取るのは大抵、本。
崇拝に似た感情を抱いている「たりないふたり」の
南海キャンディーズ山ちゃん、オードリーの若ちゃんの
エッセイを読むと気持ちが落ちつく。
人間性としては若ちゃんの方が近いので
「ナナメの夕焼け」は、共感の嵐。
女性と一緒にいてもつまらなくなってしまうという内容を
見つけた時には、もうね安堵感が半端なかった。
ベイスターズの大魔神が登板するくらいの安心感。
こんな感情も抱えていてもいいのだと肯定されていく感じ。
もう会いに行って感謝したい気持ちでいっぱいになる。
で、気付けば、読み終わってしまった。

とりあえずこれからは本音を隠さずに口にしてみようと。
そこで共感してくれる人に出会えることを期待しようと。
こんな感じで岐路と向き合っていいのか分からないけれども。

文責 朝比奈ケイスケ

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