「特別な日の一部分」【ショート・ショート9】

都心の雰囲気が嫌いだった。
全方位、ビルで囲まれている圧迫感と
統一感があるような雰囲気を漂わせておきながら
様々な国を取り上げた飲食店の集合体には
雑多な空気感で覆われていて居心地が悪い。
「相変わらず迷路だな」
久し振りに訪れた都心の風景とは表情も
変わっており、昔の記憶もあまり役に立たない。
単純に覚えていないだけなのだが
道に詳しかったはずの自信が脆くも崩れる状況は
大人になったとはいえ、受け入れたくなかった。
かすかな記憶を頼りに進んでいく。
遮る雲すらない青空で輝く太陽と
アスファルトで照り返す熱とで
容赦なく体力は奪われていく。
額からは大粒の汗が流れ続けているし
恐らく背中は、ビッショリ濡れている。
すれ違う多くの人たちは暑さ対策が万全なのか
汗をダラダラ流しているような人は少ない。
都会の夏の過ごし方を熟知している様に
自分自身が圧倒的に田舎者に戻ってしまったことを
突き付けられたかのように嫌でも自覚してしまう。
横断歩道を渡る時、恋人繋ぎで歩いている
高校生ぐらいの男女とすれ違った。
「こんなクソ暑いのに手を繋いでいるカップルは
どんな神経をしているのだろうか」と思ったが
記憶を振り返れば、苦言を呈すことはできない。
変わってしまった街並みを観光客のように眺めながら
目的地に指定されている店を探した。
暑さに耐えきれず、自動販売機で買ったポカリ。
砂漠で水にありつけた旅人のように
勢いよく飲んだら、残り僅かになってしまい
飲み干すタイミングを探しているうちに
探していた店の看板を発見した。
「Flow」とペンキで書かれた看板は
異彩を放っていた。いや、正確には
街に溶け込めずに浮いているといった方が
正しいのかもしれない。
ただ「FLOW」という単語が持つ意味を踏まえて
アイツらしいな、と純粋に思ったのも事実だった。
壁にはテナントの名前が記載されており
居酒屋に風俗店、怪しげな事務所と
バラエティーに富んだラインナップ。
苦笑しながら地下へと繋がる階段を降りる。
一歩進むごとに薄暗くなっていく感覚は
学生時代に足しげく通ったライブハウスや
30人程度の劇場の入り口に入るたびに
抱いていた感覚によく似ていた。
懐かしさと感慨深さが合わさり
何とも言えなかった。
10段にも満たない階段を降り切ると
見覚えのある一本足の灰皿があった。
アイツの部屋のベランダに置かれ続けた灰皿。
確か、誕生日プレゼントであげた気がした。
少しずつ思い出していく記憶の断片。
気持ちだけが、あの頃に戻ったみたいだ。
ひとつ深呼吸をして、扉を押した。
見た目以上に重い扉の先には
懐かしい顔が幾つも並んでいた。
「いつもお前は最後だな」
あの時と遜色のない声。
まさか都会のど真ん中で店を構えるなんて
夢にも思っていなかった。
その声に続くように聞き覚えのある
何人もの声が矢次に耳に届く。
心地よさが胸を染めたのは
久し振りに友人たちに会うという
特別な日だったからだろうか。
「明日は二日酔いだな、これは」

文責 朝比奈ケイスケ

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