「忘れていた昔の恋」【ショート・ショート8】

「そういえば、あの子結婚して
子供生まれたらしいぞ」
悪戯な笑みを浮かべて
彼は自分のスマートフォンを
水戸黄門よろしくな勢いで
僕の目の前に向けた。
画面には見覚えのない子供の
写真が映し出されている。
「似てねぇな」
吐き捨てるように本音が口からこぼれる。
彼は他にも何枚かの写真を見せてきた。
家族写真をSNSに挙げているのだろうか。
見覚えのあるキミの顔はどこか懐かしく
けれど僕の知っている顔ではなかった。
どこかの街ですれ違っても
恐らく気付くことはないだろうな。
それくらい顔の印象が変わっていた。
親になった責任感なのか
単なる写りの問題なのか
それとも加工の進化なのか
全く見当もつかなかったけれど
ただ幸せと表現できそうな生活を
営んでいることに安堵感を抱いていた。
我ながら、余計なお世話だなと自嘲する。
「あの子から卒業できたか?」
もう一人の友人の発言。何度聞いたことか。
「卒業も何も、写真見るまで忘れてたわ」
ぎこちない乾いた笑いが小さく生まれた。
確かに写真の件がなければ
思い出すことはなかっただろうけれども
今でも好きなのか、と問われれば
即座に否定できる自信はあまりなかった。
なんだろう、この感覚は。
言葉にできない不思議な感に胸が染まる。
久し振りに大学時代の仲間と囲んだ席は
あの頃と変わらずの雰囲気を継続しつつ
現在の話から昔話など花が咲いていく。
適当に相槌を打ちながら
胸の中で疼く正体を探していた。
多分、好きという事実は変わっていないだろう。
キミと適度な距離を保っていれば
別に覆す必要性もないと思っていたし
その価値観も変わっていない。
かといってアイドルを応援する
ファン心理とも異なる気がした。
何度か行ったデートの内容なんて忘れたし
キミと交わした会話も覚えていないし
告白の言葉や断りの言葉も記憶にない。
ただ断片的にそうしたことがあったな、と
まるで歴史の時系列を見ているかのように
事実を俯瞰で眺めている僕がいて。
二回目の告白に躊躇した結果
感情を押し殺し、いつか離れることが
決まっているモラトリアムの間だけ
近くにいようと決めた時から
恐らく選択を誤っていたのだろう。
「もしかしたら」に期待した哀れな僕の末路。
振られるの覚悟した上でもう一度と
行動でもしていれば胸に秘めた想いが
腐敗臭を放つくらいに腐ってしまうことは
なかったのだろうな、とは理解できる。
でもキミに会える機会があると仮定して
あの頃のように目を合わすこともできず
胸の鼓動が早くなってしまうこともないだろう。
更に「恋」について考えることも勿論ない。
タバコに火をつける。
テーブルでは過去の女絡みのゴシップで
今日最高の盛り上がりを見せている。
誰と誰が関係を持っていたか。
昔の女との関係など赤裸々に話す友人を横目に
目の前に置かれていたグラスを手に取った。
炭酸が抜けた生温いビールは不味くて
口に含んだことを激しく後悔した。
「あぁ、そういうことか……」
僕は誰かのことを本気で愛したこともなきゃ
抱いた先の表情を見たことがもなかった。
言ってしまえば、子供の恋愛ごっこ。
その先、大人の恋愛を知らないからこそ
ただ純粋に好きだった人の幸せを願えるのだろう。
僕と友人たちとの間に存在する見えない境界線。
まだウブの僕が踏み込んだことのない世界に
興味は湧いたし、自分の状況を考えれば
情けなくもなるし、ため息だって出る。
でも、それが僕の選んだ道で待つ結果論。
瞼を閉じて、神に祈るようにつぶやいた。
「僕の大事な友人、好きだった人誰もが
幸せになれますように」
僕の小さな声は、彼女が欲しいと喚く
友人の声にかき消された。

文責 朝比奈ケイスケ

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