「七夕の夜に」【ショート・ショート6】

織姫と彦星が会える唯一の日。
無垢な想いを短冊に願いを込めて
綴ったのは、遠い昔の話。
「明日になったら燃えるごみとして
処理されてしまうのに無駄なことを」
ウエディングドレスのような白さを
排気ガスのような悪意で汚した僕は
スーパーの入り口に用意されていた
笹の葉に結ばれた淡い色した紙を睨んだ。
そして無意識で舌打ちする。
多分、純粋さが羨ましかったんだと思う。
店内で売れ残り、値下げシールを貼られた
総菜のコロッケと発泡酒をカゴに入れて
レジに向かう。腐った日常のワンシーン。
「いらっしゃいませ。ポイントカードを
お持ちでしょうか?」
にこやかな表情を浮かべる店員は
最近になって見かける中年の女性だった。
「持ってないです」
「お作りになりますか?」
「結構です」
血の通っていない会話の不毛さを
胸で毒づきながら、レジが終わるのを待つ。
ピッ、ピッ、とバーコードを読む電子音が
狭い空間に響く。早く終われ。
この時間は人生の中で、一二を争う無駄な時間。
腹が減らなければいいのに、と思う。
「今日は七夕なので、よろしければ」
丁寧な口調で店員は僕に短冊を差し出した。
その手先はインクで黒く汚れて
ぼんやりと店員の背景を想像するのは
学生時代からの悪い癖だった。
全ての人間は、自分の描く物語の一部で
それ以上でもそれ以下でもないという
極めて面倒な王様気質が顔を出すことが
最大の理由であることは分かっていたが
未だに治りそうになかった。もはや病気だった。
隙ができたのだろうか、僕は折り紙のような
薄っぺらい短冊を受け取ってしまった。
「ありがとうございました」
マニュアル通りの一礼を横目にレジを後にする。
奥のスペースで商品をカゴから袋に移している間
短冊に書く願いを考えてしまったのは気の迷いだ。
店を出てから、もう一度笹の葉に結ばれた
願いを綴った短冊を眺めた。
こどもの字で書かれた願いは呆れるほど
壮大で、そして眩しかった。
おとなの字で書かれた願いは笑えるほど
切実で、そして悲しかった。
子供と大人の差を目にした時に
小さなため息が一つこぼれる。
「つまらねぇ大人になっちまったな」
呟く言葉は弱弱しく、切なさを含んでいた。
短冊を書くスペースに置かれたペンを
手に取り、そして書き進めた。
汚い作業着に馴染まない綺麗な字が
短冊の中で踊る。そこには本心が綴らている。
「まだ、間に合うだろうか」
その時、童心というものが胸にはあった。
織姫と彦星な純粋な想いが消える前に
やらないといけないことがある。
その思いが消えないうちに
頭に浮かんだものを残さないといけない。
僕は急ぎ足で、自宅へと向かって歩いた。
天の川とも表現できる鮮やかな星空が
やけに目に染みたのは、汚れた心を
一瞬だけ忘れることができたからだろうか。
『次に書く絵が入賞しますように』
手の中に入った短冊はクシャクシャになっていたが
書くべきものを見つけた僕の足取りは軽かった。

文責 朝比奈ケイスケ

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