「最後の夏」【ショート・ショート5】

雲一つない青空の下は殺人的に暑い。
日陰のできないグラウンドには
常に太陽の光が当たっている。
まるで舞台上のスポットライトだ。
球場にできたダイヤモンドの中心
小高いマウンドの周りには
陽炎が揺れて、見ているだけで
倒れてしまいそうな景色が広がる。
そんな逃げ場のない場所で
1番を背負って戦うアイツの姿は
小中高で見てきた中で一番輝いている。
やっぱり高校最後の夏には
言葉にできない感情が顔を出すのだろう。
今までアイツのボールを受けてきたオレには
そのことが嫌というほどわかってしまう。
ただ純粋にアイツのボールを
受け止めたいと思ったと同時に
疼く左手。視線を落とした。
高校三年間苦楽を共にした
ボロボロのキャッチャーミットは
今日もアイツのボールを取るわけではなく
控え投手のボールを受けるために
身に付けていて、ブルペンで鳴らす。
乾いた捕球音は、今日は少し物悲しい。
控え投手の投球を褒めながら
キャッチャーマスクを被るオレは控え。
背番号2、あの番号に届かなかったのは
努力が足りなかったからだろうか。
それとも今、2番を背負って
アイツのボールを受ける後輩の方が
野球の才能に溢れているからだろうか。
一塁側から敵チームを応援する
ブラスバンドの演奏が耳に届く。
アフリカンシンフォニー。
オレの応援歌である曲が
小気味よくグラウンドに響いて
片思いしている吹奏楽部のあの子が
演奏するアフリカンシンフォニーを
バックに打席に立てないことにも
憤りのようなものを抱いてしまう。
「この雑念の差が一桁と二桁の差か……」
無意識で右手の甲で背中を触る。
12番の手触り、なんか泣けてきた。
レギュラーの誰もが額に汗を浮かべ
ユニホームを泥だらけにしながら
目の前の相手と戦っている。
それは敵味方関係なくて
ただ、負けたくないという一心が
ぶつかり合うグラウンド。
憧れの場所は、近くて遠かった。
でもオレには可能性がある。
スタンドを守る柵の向こうには
背番号をもらえなかった同級生や後輩
多くの仲間が声を枯らして
図太い声援を送っている。
二年前、その場所にいたからわかる。
明るく賑やかな応援には裏腹に
心の中は妬みや嫉みで複雑なことを。
来年は、あの場所に立ってやると
誰に口にすることのない思いを隠し
自分たちの勝利を願い、叫んでいることを。
部活内で選ばれたオレたち20人は
ベンチ外になった仲間の想いも背負っている。
そしてグラウンドで守る9人は
番号を背負いながらも試合に出れない
オレたち11人の想いも背負っている。
アイツが気合の入った投球をする理由を
本当の意味で初めて触れた気がした。
オレは何も分かっていなかったのかもしれない。
なんてことを思いながら中腰の姿勢から立ち上がり
戦いが続くグラウンドに視線を移す。
相手にヒットを打たれてしまったアイツは
辛そうな表情を浮かべながらも
マウンドの上で堂々と立っている。
負けてたまるかという強い意志が胸に響く。
「近くにいれば、声をかけてやるのに」
控えのチームメイトがベンチから出てきて
オレがいるブルペンへに全速力で向かってくる。
一目散、という形容がよく似合う姿だ。
「監督が呼んでる」
その言葉を聞いて、ベンチを見た。
監督がブルペンを見ながら手招きをしている。
身体を反転して、走り出す。
役目は分かっている。
監督はオレに伝令役を託したのだ。
具体的な戦略的指示を聞いてから
グラウンド、アイツのいるマウンドに向かい
走り出す瞬間、背中から監督の声が聞こえた。
「親友のお前が、エースを立ち直らせてこい」
青臭いこと言ってくれんじゃねぇか、監督。
審判に一礼し、ダイヤモンドの中に足を踏み入れる。
高校球児らしく全力で走りながら、考えていた。
与えられた30秒で何が言えるのか、と。
マウンドには内野手が集まっている。
みんな、表情が暗い。ヤバいと思った。
マウンドにできた仲間の輪の中に入り
監督の指示を伝える。頷く仲間たち。
アイツは帽子を脱ぎ、右手で汗を拭う。
まだ時間がある。
「……んじゃ頼んだぞ……」
少し間を開けたオレは最後に言う。
「お前らはオレらの気持ちを背負ってんだからな
ぜってぇー気持ちで負けんじゃねぇーぞ」
オレは輪の中心に向かい右手を伸ばした。
まるで打ち合わせしたかのように
全員が腕を伸ばし、7個の拳で輪ができる。
みんなの表情は明るさを取り戻している。
アイツも目に力が戻っているのが分かった。
笑っているコイツらなら大丈夫だ。
オレはこの時初めて最後の大会を戦う
チームに貢献できた気がした。
憧れた近くて遠いグラウンドは
気が狂いそうになるくらい暑くて
そして言葉にできないくらい熱かった。

文責 朝比奈ケイスケ

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