「僕の居場所」【ショート・ショート2】

背中が熱い。
噴出する汗が着ていた
ワイシャツを濡らし、背中に張り付く。
普段なら気持ち悪さを伴う感覚なのに
今日は少しだけ印象が違う。
体育館の壇上で演奏する
バンドを照らす光は明るく
暗闇になっている壇上の下に
設けられた客席からは
眩しく華やかな場所へと
変換されているはずだ。
去年も一昨年もボクは
体育館の窓に備え付けられた
分厚いカーテンが閉められ
外から差し込むはずの光を
遮断している暗闇から壇上を
見つめていたから分かる。
ボタンの掛け違いがなければ
恐らく今年も同じ場所で斜に構えて
全力で毒づいたと思うと
不思議な感覚が全身を駆け抜ける。
ただスポットライトに当たることを
意識して避け続けたことが影響しているのか
眩しい光は新しい種類の暴力にも思えてしまう。
そういう価値観を抱く程度には歪んでいる。
新種の暴力に対して苛立ちに
似た感情を抱きながら
ベースの弦を左の中指から小指までを使い
必要なコードを押させ
右人差し指、中指、薬指で
絶えず弾き続ける変換させ続ける。
夏の訪れを拒むかのように
雨が降り続く水無月の半ば。
毎年開催されている二日間の
文化祭も今日で最終日。
未だに夏前に文化祭を実施する
センスの無さには戸惑うが
三年も経験していると
自然と飲み込めてしまう。
クラス単位で模様される催し物も
終わりに向けて落ち着き始める夕暮れ時。
代々メイン企画として昇華されている
体育館の壇上を使ったイベントには
多くの生徒が訪れている。
演劇、ダンス、そしてバンドと
様々な娯楽、正確に言えば
多くの人間を巻き込んだ
壮大な自慰行為、自己顕示を
思う存分に示すことが
命題とされる空間が
若さと勢いによって
着色されている鮮やかで青い時間。
恐らく学園を舞台にした
フィクションの世界であれば
盛り上がりが最高潮になり
枝分かれしていく想いが交錯する
転機の場面へと突入していく
大きなきっかけになる
映像にでなるのだろうか。
今だって日常が表情を変えている。
学校には見えない階層、ヒエラルキーは
確かに存在しているけれど
こういう時は境界線が曖昧になる。
でも冷静に考えてしまう。
この場所に立つことができる生徒は
少なからず階層の上位にいることを。
それは普遍的な価値観と
言っても過言ではないだろうし
何より下位の人間には
壇上に上がる権利すら存在していない。
文化祭のステージ企画の大トリは
その最たるものだった。
必然的に参加メンバーで
一番華のあるグループが任される。
今だってボクを除く三人がいるからこそ
過剰な盛り上がりが起きている。
客席で騒ぐ観衆の視線は
壇上の中心で髪を茶色に染め
ギターを弾くボーカルの隼人に向いている。
まるでアイドルを見るような目で
隼人を見つめている女子生徒が目に入った。
多くの女子生徒の目当ては
ボーカルとギターを務める隼人か
ギターを弾く和樹だろう。
そして多くの男子生徒の目当ては
隼人や和樹を見に来た
校内外の女子生徒に向いている。
利害が一致している空間に対して
どこか需要と供給が
成立しているなと漠然と思った。
ボクと同じ場所で生きる連中から
今のボクを見る目を通せば
校内で一、二を争うレベルで
この場所は縁遠いだろうと
言葉にしないでも思っているだろう。
正直なことを吐露すれば
この場所に立つことなど
全くもって望んでもいなかったし
学校の興味すらなかった。
隼人が声を掛けてくれなければ
この場所にはいることもなかった。
今もは主役を際立たせる脇役として
高校という狭く窮屈な共通世界が
一時的に崩れる非日常の渦中で
自分自身の存在を提供している。
違和感と僅かな高揚感を
不覚にも抱いているからこそ
誰にも知られないように
隠し続けてきた本音を
突き付けられている気がした。
ボクは弦を弾きつつ
壇上の上に立った者しか
見えない風景を眺め続ける。
ボクらのバンドの演奏を
聴いている客席の盛り上がりは
まるで自分たちが
人気アーティストなのだと
錯覚を受けてしまうような
異様な雰囲気が包んでいる。
文化祭でバンドをやる文化が
廃れない確固とした理由なのだろう。
腕を上げリズムを刻む男子生徒
黄色い歓声を上げる女子生徒、
起きるはずのない暴動を阻止するため
監視に勤しむ体育会系の部活の顧問
それらに属さない何人かの教師は
普段見せないような表情をして
壇上で演奏するボク達を眺めている。
時間の無駄でしかない全校集会時の
体育館との雰囲気の差は顕著であり
本当に同じ場所なのだろうかと
疑いすら抱いてしまう。
十人十色の唯一無二と評される人間が
自らの意志で体育館という
比較的広めの箱の中に納まっている。
アーティストに憧れる無名の音楽家や
文化祭でバンドをやる人間が抱く
快楽に少しだけ触れた気がした。
ステージの中心に立っている
隼人が流暢に英文の歌詞を歌い
前髪の一部を赤に染めた和樹が
時より客を煽りながら楽曲を響かせ
隼人の後方でどっしりと座った
坊主頭の将が楽曲の抑揚を表現し
黒髪を目が隠れるほど伸びたボクが
紡ぐルート音を構成しながら溢れ出る
三人の個性を静かに繋げる。
ベースという楽器、役割は
高校生の自己顕示欲を満たすには
足りないくらい地味だし
土台になっている低音部分を
聞き取れる奴なんて
恐らくこの会場にはいる訳もない。
そもそもボクの事など誰も見ていない。
今、両手を止めても何も起きないし
誰も気付かないことくらい承知している。
けれどこの三人を繋いでいることだけは
自負しており、一つの自信だった。
この場所は、紛れもなくボクの居場所だ。
ボクは視線を壇上に向けた。
歌いながらギターの弦を引く
隼人と目が合った。
一瞬、隼人は口角を上げる。
ボクは表情を変えずに頷く。
隼人は送ったサインが伝わったと判断し
和樹に向けて目線を送り始めた。
終わりの告げる寂しいサイン。
事前に打ち合わせをしていた通りに
弦を弾き続けながら身体を左側に向けた。
中心に据わる隼人の姿の先には
必死にギターを弾く和樹が見える。
弾けるばかりの笑顔で何度も頷いている。
三人よりも一歩後ろで将は
ドラムを叩くリズムを早めた。
タイミングを見計らう。
曲の最後を締める将の叩いた
ドラム音を合図にして一斉にジャンプした。
一瞬の沈黙から拍手の音で包まれる。
忘れることのできない記憶は
青春時代で一番鮮やかな映像だった。

文責 朝比奈ケイスケ

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