「何か得るには何かを犠牲にする」という言葉を鵜呑みにした昼下がり。

「何かを得るには何かを犠牲にする」
誰が言ったのか定かではないが
割と市民権を得ている言葉の一つである。
部活に集中したいからという理由のもと
彼氏・彼女と別れるといった場合などに
頭の浮かぶのではないだろうか。
まぁ、そんな経験をしたことはないけれども。
むしろいた方が頑張れんじゃないの?と
問いかけたくなる衝動はあるけれど
そんな場面に出くわしたことはないので
その時が来るまで、待っておこう。

なんだか頭に残る夢を見ることが増えた。
夢は寝ているときの情報処理の一つで
本来であれば起きた瞬間に忘れるのが
健全とされているが、健全ではない僕は
忘れられない映像を見ることがよくある。
だからこそ夢について考えることがあるので
大学時代にもっと勉強しておけば良かったと
過去に思いをはせることもあったりするけど
吸い終わったタバコの吸い殻に火をつけるような
無意味で愚かなことは、今はどうでもいい。
ユングやらフロイトやらが開拓した
夢解釈、夢分析という心理学を
用いた概念のもと普及した学問の一つ。
無意識の欲求やらなんやで収まっていたが
時代が進み、それらの考え方を応用して
ネットの海には落ちている。
最近見た夢は、散髪をする夢だった。
一連の流れなんてのは忘れたけれど
美容師に扮した人が僕の髪を切るという
ドラマの中盤でありそうな映像だった。
直近でビューティフルライフや
ラストシンデレラを見たって
都合の良い話ではないから驚いた。
概要もしっかり覚えていないけれども
おぼろげな断片では青春小説みたいな
淡くて、鮮やかな群青劇だった。
そんなもんを見たもんだから
夢分析と検索窓に打ち込む、現在人の証だ。
「髪を切る」「髪を切ってもらう」など
映像の中で重要な部分を表現する単語で
「変わりたいという欲求」と示され
苦笑いを通り抜けて呆れたよ。
そんな一週間の始まりを終えた今日は休日。
まぶしい日差しを目覚ましに起床したのは
十時半を過ぎた頃、もう午前中も終盤戦だった。
ベッドの上で、眠気眼をこすりながら
スマートフォンを手に取ったのは
日頃の習慣といったところか。
取り立てて何かがあるわけでない端末を
一瞥してから、リモコンでテレビの電源を入れる。
パブロフの犬もびっくりの条件反射だ。
土曜の午前中に相応しいゆるい番組を流しながら
食パンとコーヒーで遅い朝食、ブランチってやつだ。
食べ終えたら、洗濯物を洗濯機に放り込んで起動させ
録画していた番組などを眺め、気付けば十二時過ぎ。
もはや般化している休日の過ごし方。
人によっては無駄な時間の使い方なんだと
バイタリティー溢れる人なら指摘するだろうが
そんな時は、有限なものを無駄にするなんてのはさ
最高の贅沢なんだよと言い返してやりたいと思う。
洗濯物を干し、食材やらの買い物に出かければ
もう、十三時は余裕で過ぎている。
なんて贅沢なのでしょうか、僕の休日は。
普段ならこのままテレビを眺めて夕暮れを迎え
憂鬱な明日に向けての準備に入るのだけれども
今日は、そんな予定調和をぶっ壊した。
開放的な感情に則さない少し重たい身体を動かし
部屋の本棚に収まっていた書籍を整理を開始。
小説、専門書、新書、漫画などを片付ける。
その勢いに任せて、思い切って部屋の模様替え。
趣味の一つに模様替えが入るくらいには
部屋を変えることに情熱を捧げられるので
本の多さに苦笑いを浮かべながらも
止まることなく、楽しく手を動かした。
部屋に山積みになる本、そして長年の埃。
雑巾や掃除機などの掃除用具で処理しながら
山積みになる本は僕の成分なんだろうな
なんて青臭いことを抱きながら進めていく。
そして決断をする。
独り暮らしを始めて七年くらいで初めて
テレビを軸にしない部屋を作ることを。
これは僕にとって大きな変化だった。
幼き頃から今に至るまでテレビが大好きな
テレビっ子だったからこそ選ばなかった選択肢。
今クールのドラマは見ているし
バラエティーやドキュメンタリーも
欠かさず観ているものも幾つかある。
ただ、受動的でも満足できる娯楽に甘え依存し
日々を過ごしてきた危機感みたいなものは
それなりに感じていたし、何より
テレビに支配されている状況は
日々強くなってきていたからこそ
テレビを手放す決断に至った。
テレビが無くても生きてはいけるし
スマホがあるから情報の取りこぼしも
恐らくないだろうと判断した結果だ。
ただ野球のCSや日本シリーズ、代表戦など
そのままの温度で観たいものがあったので
捨てるまではいかなかったけれど
電源を抜いたし、アンテナケーブルも外した。
テレビを封じた部屋作りを終えた頃には
十六時を過ぎた頃。結局、夕暮れ時だ。
テレビのあった位置に本棚を三つ並べ
その上にはネタ帳と添削中のゲラに
ネット用と執筆用のパソコンを据えて
ぱっと見の印象はだいぶ変わった。
ただ、湊かなえ原作の「リバース」の
ドラマに出てきた深瀬の部屋感は拭えない。

「何かを得るには何かを犠牲にする」
本当にそうあれば、大好きなテレビを
放棄した僕は何を得ることができるのだろうか。
そんなことを考えてしまう青二才は
今、テレビ中毒の後遺症に陥っている。
でもまぁそのうち慣れるだろう踏んでいる。
これからの後遺症に関しては
経過観察していこうと思うし
禁断症状と戦う奮闘記でも
書こうかな、なんてことも抱いている。

とりあえず今は胡坐を掛ける程度の
面積がある折り畳みの椅子が欲しい。

文責 朝比奈ケイスケ

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