どんなエンドロールがお好み?

梅雨を追い越して夏がやってきたかのような
地上を照らす太陽の光に溶けそうになりながら
それでもぼんやりと時間を過ごすのは
恐らく義務教育よりもエグイ呪縛だろうか。
なんて生産性のない中二病的発想を
頭の片隅に置きながら、辿り着く答え。

なんでもいい、とりあえず暑い。

この一言に尽きる。
いつからか、暑いのが苦手になった。
それ以上に寒いのは苦手だけれども
なんだろう、年の功のようなもんだろうか。
相変わらずの思考回路を巡らせる。

最近、四連休を作った。
意識して月末月始に設けるあたり
もはや企業にとっては反社会的勢力だ。
この四日間、僕はひきこもりも驚く程度に
時間の流れが過ぎるのを待つように
住み慣れた部屋にひきこもった。
何も予定がなかったってのが大きいけれど
とりあえず身体を休ませたかった。
病人的発想ですが、友人に患者扱いされて
結構な期間が立つので、まぁ構わないでしょう。
で、世界は孤独なもんだなと実感する。
別に僕がいなくても世界は回るし
狭い世界で言えば仕事も回る。
とっても良い傾向だ、うん。
そうして意を決してホームセンターを目指し
重たい足取りで一歩ずつ進んだ。
目的は……。なんてありがちな作り話にはならず
まるで修行僧のように孤独と向き合った。
際立って得たもんなんてない。
収穫を強いてあげるならば
ひきこもりの才能を見つけたくらい。
まるで無価値な結果を手にした僕は
色々と思索にふけったわけです。
そりゃ、ラノベとかに出てきそうな
社会を斜に構えた登場人物みたいに。
(いやラノベとか読んだことないけど)

こんなことを書いてどうしたいのか。
どうやら僕は未だに意味を求めているみたいだ。
変わってなさに呆れてしまうけれど
同時に変わらないことへの執着が顔を出す。
厄介なことに僕は色々なものに感情の一部を
埋め込んで残してしまう習性があるらしい。
薄々は気付いていたけれど
押入れの荷物を整理したときに
改めて突き付けられて笑った。
捨てることが苦手だ。
そこに感情の一部が残っているから。
邪険にできないのは後悔か、優しさか?

何かを変えることへの恐怖心は
どうしたってつきまとってくる。
普遍的な価値観は残していれば
一種の精神安定座のように
心を落ち着かせてくれる一面がある。
でも、と最近になって考えるようになった。
なんでだろうか? どうしてだろう?
やっぱりここでも考えてなくてよいことを
頭に浮かべて、答えを求めてしまう。
この性分に小学生の頃から気付いていれば
もっと賢くなっていたのだろうなとか
ありもしない未来を描いてみたりする。

僕のとって考えることは宿命だ。
考えて、考えて、考えて、事を起こす。
今までの人生を回顧して導くやり方。
極めて面倒な人間だな、と自嘲する。
考えることを考えていく間だけ
僕は登場人物のメインでいられるから。
心理描写は、小説の肝だ。
勿論、風景描写も大事だし
トリックや登場人物との関係性や
壮大なストーリーも必要不可欠。
でも僕が一番に重視したいのは
「心理描写」なんだろうな、と思う。
人の気持ちを知りたくて
漠然とした心理学に手を出して
卒業したら人の気持ちが
分からなくなるという心理学あるあるを
実感したからこその結果論か知らんが
重要な位置に人の心を置く傾向がある。
その末路が、自問自答なのだろう。
じゃあ極めてやろうかな、と前向きに
発想転換するのは成長か、退化か。

時に僕はアラサーだ。
偽りもない平成元年生まれの
ゆとり実験のモルモットだ。
平成という不景気の代名詞を
気付けば三十年近く生きている。
理不尽な体罰がなくなりつつ
飲み物の重要性が浸透し
ITリテラシーを学んだ
昭和世代がこぞってゆとりと
揶揄するやられぱなしの世代。
俺らは昭和の汚れを落とすために
生まれたわけじゃないとか
半ば本気で思うこともあるわけです。
そんなゆとり世代もさアラサーで
ロマンチストからリアリストへと
変わりゆく時期でもある。
例えば音楽を志したものの多くは
過去を思い出にして今を生きている。
なんてのも不思議な話じゃない。
むしろ圧倒的多数だろうとも思う。
別にそこに何かを言うわけではなく
それが一種の自然の摂理であるとすれば
僕は未だに夢見がちな子供なんだろうなと
不必要に自覚するだけの話。
でもこの平衡感覚があるだけで
誰とも異なる価値観や視野を見つける。
だから今は共感なんてクソみたいな概念を
ぶっ壊す術を探している最中だ。

少年よ大志を抱け。byクラーク博士
一度は聞いたことのある名言。
今、この言葉を信じられる若者が
どれだけいるのだろうか。
少年の概念にもよるだろうが。
恐らくネバーランドにいられる
年齢くらいだろうか。
でもまぁ大志を抱いている時点で
そいつは少年だろうからさ
正直、どうでもいい。
大志っていうのは、読んで字のごとくだ。
デカい夢のことを指すと
足りない知識で認識している。
んで、大志を扱い方が分からないから
今、頭が混乱していたりする。
将来に漠然とした不安でもあれば
もう少し努力でもするのだろうけれど
まぁそれなりに生きているからさ
気力が出なかったりすることもしばしば。
そもそも生きてんのかもわからない。
こんなことを抱く、まさにメビウスの輪。

そんな僕は今宵も引っ越し先と転職先を
ぼんやりとした意識の中で探すわけです。
そして夢の中で物語を探して
キリの悪いところで目を覚まして
汚い現実が訪れる朝を迎えるんだろうな。

戯言レベルの散文、失礼しました。

文責 朝比奈ケイスケ

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