睦月に相応しく。

明けましておめでとうございます。

誰が読んでいるかなんて知りませんが

仮に読んで頂いている方がおりましたら

その貴重な読者の方へ届けば幸いです。

 

年が明けて、平成三十年になった。

元年生まれの僕にとっては

区切りの良い年に幾ばくかの

感慨深さのようなものを抱き

それに相応しい一年にしたい。

なんて言ってみたとことで

毎年のように感じる普遍的さが

僕の中には確かに存在していて

その感情の置き場所には

毎年、頭を抱えている節がある。

正直な感想。生産性が皆無だ。

今年一年をどう彩るかなんて

考えれば考えるほどワクワク内容に

どっぷりと浸かれるのは

せいぜい、三が日くらいまで。

気付けばありふれた日常の持つ濃い色に

おもしろいくらい上書きされてしまい

結局のところ、忘れられるのがオチ。

それが人生とするのであれば

かなり充実している人生を歩んでいるだろう。

しかし、現実はそんなに甘くはなくて。

それは生きているけれど、活きていない。

由々しき事象の一つである。

ありふれた日常に個人の色を差し込むには

やはり相応な行動が必要である。

拙い人生経験で身に付けた価値観だ。

では、何をするか?

手っ取り早い方法として挙げられるのは

「パブリック・コミットメント」

誰かに目標を伝えるという心理学的手法。

要は逃げ道を無くす、単純明快な方法論を

久し振りに行なってみようと思った次第。

毎年、やりたいことリスト的なものを

綺麗なノートに書いているのだけれども

見返すことなど皆無だったりする。

仮に誰かが見ている可能性が1%でも

ここに書き起こすのも悪くない。

そんな結論に落ち着いたからこその

出来心で目標を紡いでいこうかな、と。

まぁ、そんなのは体の良い後付けで

本当は友人の馬鹿らしい発言に

即発されただけ、情けないけれども。

 

彼は明確な日にちを決めて

「路上ライブをしながら日本一周する」

なんてアラサーらしからぬ発言を

夜な夜な伝えてくれたからだろう。

自由人の為せる技。

勤め人でも正社員でもない

責任が希薄な人間の戯言。

文字だけ見れば、そう捉える人も

少なからずいるとは思う。

事実、彼は自由に生きているから

その面では否定はしないが。

それでも起業という選択肢を行使し

自分の生きたいように生きることを

クソみたいな社会で体現しようと

日々を活きているのだから

まぁ当然の成り行きであるし

彼の創造的な行動は面白いほど

他者を巻き込み、染めていく。

不思議なポテンシャルがあるから

面白い土産話の一つや二つは

簡単に提示してくれるだろう。

凄い奴だな、なんて思って

面白おかしく傾聴してみるだけでも

それは有意義で生産性の高い時間だと

容易に予想できるが……。

「が」

これが割と重要であり

(後々、記述していくとして)

こうして心理学的手法を用いる

今に至っているわけである。

 

目標① 執筆に取り組む

執筆にしっかりと取り組む。

小説家見習いとしてのライトで

僕を照らせば、至極当然な目標だ。

昨年で言えば、新人賞の一本出して

『ピーターパン・フェス』という

イベントの中で一本ショート・ショートを

書き上げた時点でバーンアウト的な状況に

陥ったことは恥ずかしいけれど否めなくて

キーボードから遠ざかってしまった。

でも、消化不良のようなものが胸に残り

Twitter上で140字小説に取り組む日々に

移り変わったのが、秋から冬の現状。

難しさはあるけれども書いてみれば

幸いなことにレスポンスもあって

そこそこ満足していた節があり

やるべきことを別の物にすり替えて

逃避していたことは否めない。

でも、制限の中で収まらない余白が

燃やして灰になった薪の残骸のように

僕の中に残り続けていたことで

しっかりと残したいと訴えかける感情に

素直になってみたいからの目標だ。

ここで大作とか言っちゃうのは

簡単だけど、恐らくとん挫する。

だから、まず「書く」ことに

意識を向けていきたいと思い

この目標を立てた訳です。

 

目標② やれることをやる

僕は大したことのない人間である。

学校を舞台にした作品で言えば

主要キャラの通う学校にいる

名前すら持たないクラスメイト。

所謂、モブキャラである。

自己否定でもなければ

卑下している訳でもない

冷静な分析の結果である。

(自己分析には自信があります

中学時代から考えていますから)

大したことのない人間なのだと認識し

無理に背伸びをせず、多くの人に迷惑を掛けて

生きてみることで見えるものがあるのでは、と

不意に脳裏に浮かんだ。これも彼の影響。

「カリスマは変人でなければならない」

彼は紛れもなく、そちら側であり

馬鹿げた未来図を創造できる人間だ。

長年、彼の横にいて思うのは

どうしょうもないほと凡人な自分の姿。

だから無理に背伸びをしていた気がする。

それを『ピーターパン・フェス』が教えてくれた。

才能という便利な言葉で表現すれば

そうしたキラキラするものは持ち合わせていない、と

イベントを通して痛感し、己の無力さに落胆した。

一見、悪いことに見える境界線は今後の人生において

重要な意味を持つ再発見なんだろうと思うことにした。

無力さや才能の無さは僕が持つ取り柄の一つ。

背伸びすることなく、迷惑を掛ける前提でいれば

恐らく、無能さは磨けば武器になる。

過去に囚われ、嫉妬全開の自分にも使い勝手はある。

現在の社会というか働き方については転換期であり

ノマドワーカーや広告収入などの新たな方法の

生活の在り方が生まれて、認知されつつある。

でも、そこに飛び込めるのはマイノリティ。

不安・恐怖・自己否定・マイノリティなどの言葉で

身動きが取れなくなる人間のほうが多いのがこの国の実態。

突拍子もない方法よりも堅実な方法を好むのが

国民性であり、積み上げてきた美徳。

その美徳は素晴らしいと思うし

現時点で僕もそちら側の人間だ。

リスクを背負う勇気など1ミリもない。

「でも」やりたいことはある。

カリスマが独自の活き方をするのであれば

凡人は地に着いた生き方の中で活路や

一筋の光明を探した方がいい。

この世界は、少数の天才と多数の凡人で

形成されている事実を言い訳にしていた。

天才の言葉には力があるし、惹きつけられる。

しかし両刃の剣であることを僕は知っている。

私にはできない。あの人だからできる。

そんな言葉で、踏み出す一歩を躊躇う。

僕のような凡人は言い訳を探すのが得意なのだ。

でも凡人や劣等生であることを理解し

地に着いた日々の中でやりたいことを体現できれば

天才の言葉にはない一つの力を見出すことができる。

今の日本に蔓延る「共感」だ。

凡人が実績を上げれば、不思議なことに

あの人にできるのであれば自分もできる、と

急に前向きになれたりする。

僕はやれることをやっていき形にする。

天才と凡人が同乗している船ほど

強いものはないのではないか、と

ぼんやりと考えが至ったので、この目標。

 

二人の共有する作業部屋である

『ピーターパン・スタジオ」という舞台から

派生する新たな物語に少しばかりの差し色として

存在を表現できれば、多分見ている世界は

劇的に変わる。未来は変わるはずだ。

というわけで、この大きな目標二つの目標を掲げ

僕にしかできない役割を従順に担っていこうと思うわけです。

 

あぁー、こんなこと書いたら

ちゃんと小説書き上げないといけないな。

目標を掲げて、表に出すのはシンドイな。

ぬるま湯にいるから、これくらいの荒療治は

必要だという判断が誤りでないことを願うばかり。

以降、小説執筆と140字小説に従事していきます。

駄作でもなんでもいいから積み上げる。

城を乗っける石垣を作り上げるのが今年の課題だ。

やっぱり文章を書くのは楽しいな、うん。

 

朝比奈 ケイスケ

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